儀礼

 古来より掟や戒めは守られるべきものである。藤右衛門は鮎之助との親子関係を続けるため、義を守るために儀礼が必要だとの認識に至った。さっそく村の神主に会って祈祷を頼み、それから村人たちに隠し持っているだろうと、神前に供える酒を寄越せと迫ったのである。


 「とっとと酒を寄こさんか!」


 しかし、誰も持っていないの一点張りで、山村から家財などを持ち帰るところを見ても、どこにも酒は見当たらない。


 どうやら村最後の酒は藤右衛門が隠し持っていたようだ。


 「おいおいふじよ。たしか酒は持ってないと言ってなかったか?」


 「へぇ…、そうだったか?…色々と気苦労が多くて昔のことは忘れてしまったよ」


 数日後に麓の寄合所で三助に言われたが気に留めない。


 「それにしても、ずっと面倒を見るわけでもないかもしれないのに藤右衛門は律儀だな」


 「何事も儀礼を欠かしてはならん」


 さらに数日後…、


 早朝から神社にやって来ている。土地を耕して開村した時に村人たちで建てた社に、神道しんとうを布教していた男を神主にしたのだ。村の神主は神道について鮎之助に教えて、その儀礼の作法を説いた。


 「では御両人とも宜しいか?」


 「頼みます」


 藤右衛門たちの前に直立して、神主は祓詞はらえことばを唱え始める。


 しばしの段取りを終えて儀式は始まり、無言のまま神主の言葉を聞いていただけで、親代わりの覚悟のようなものが芽生えたのである。


 四半刻後、こうして儀礼が終わると、神主は袖から細い木の板を取り出した。


 藤右衛門から頼んでおいたものである。その板を持って鮎之助のもとに歩み寄って「よいか!もう鮎之助という名は過去の物、これからは穣吉じょうきちとして村の人間になるのだ」と、達筆な字を見せつつ伝えたのである。


 神主の説明に鮎之助は無言で頷いている。


 藤右衛門は神主に名付けを頼んだのだ。何故そうしなければならないか、賢い鮎之助には分かっているだろう。しかし、鮎之助が如何にして焼け落ちる城から生還しているのか、当人が口にしないので未だに分からない。


 (あの状況からどうやって、童一人で逃げおおせるだろう?)


 そういう疑問は残りつつも、鮎之助にとって思い出したくない凶事であろうから、藤右衛門もしばらくは詮索しないつもりだった。神主に丁重に礼を言って、神社を後にする。


 「新しい名は気に入ったか?」


 「…うん。じょうきちっていいね」


 「疲れたな、村に帰るぞ」


 「うん…」


 山の中腹にある神社には紅葉も始まっており、村にも少しずつ秋が近付いている。

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