5ー40
次の日から、ツアーの通しのリハが始まった。
他の仕事も並行してやりながらだけど、今回のツアーのリハは一ヶ月近く予定を組んでいる。
セットリストを3パターン作っているから、それぞれのリハをする。
基本は、パターンAとパターンBの繰り返し。
隣県の場合、両方に足を運んでくれるファンも多いことを考慮して、違うセットリストで楽しんでもらいたいとの、瞬の意見が反映されている。
確かに!って感じ。
それと、パターンC。これは、サプライズナイト用のもの。
俺と瞬のパートを交換しても支障なくできるものが選ばれている。
いつもは、ツアー期間中にどこかで1回やるだけだったけど、今回はツアーが長いことと、10周年の記念ツアーと言うこともあって、2ディズやる東京、大阪、名古屋、福岡、長野の初日をサプライズナイトにすることにしたから、合計5回。
初めての試みだ。
なので、これもパターンCとして、リハをきちんとすることにした。
今日は、スタジオでパターンAを通しでやるリハーサル。
頭がクラクラする。
完全に、二日酔いだ。
「桂吾!酒クサイな!!」
早速、大輝に気づかれた。
「ゆうべ、ちょっと、飲み過ぎちゃったわ!
でも、問題ないから!」
と、笑って答えた。
「ゆうべって、帰ってきたの12時過ぎだったのに、それからそんなに飲んだのかよ?珍しいな~」
悠弥が不思議そうな顔をした。
まったく、メンタル弱すぎだろ……俺……
今日は、スタジオでのリハだから、まだいい。
ホールで、動きを確認しながらのリハだったら、キツかったな。
2時間ぶっ通しでやった。
やり終わって、スタッフさんがタオルと飲み物をみんなに配ってくれた。
俺は、スタジオの床に座り込んで、飲み物を口にした。
「桂吾!!なんなんだ?心ここにあらずだな!!」
大輝がデカイ声で怒鳴った。
「わりー、やっぱちょっと飲みすぎちゃったな。でも、リハは一通り頭に入ったから、大丈夫」
「そうじゃなくて、リハーサルだからって、手 抜き過ぎってことだろ。大輝が怒ってるのは。
ってゆうか、なんかあった?昨日から、桂吾 変じゃね?」
瞬はそう言うと、俺ではなく、龍聖の方を見た。
「やっぱ変だよな!昨日の雑誌のインタビューの時も、なんかちょっと上の空だったじゃん」
と悠弥も言った。
そうだったのかな。
俺は、自分としては、普通にやったつもりでいた。
いつも通りの受け答えをした、つもりでいた。
俺が黙っていると、
「龍聖!!おまえも!!」
と、大輝が龍聖の方を向いてデカイ声を出した。
「おまえ!桂吾にすぐつられるからな!!
今日は、通しだし、龍聖は流して歌えばいいって思ってたけど、それにしたってって感じだろ!!もっとしっかりやれよ!!」
「ごめん……」
龍聖が大輝に怒られている。
「ゴメン!!俺のせいで!!
手を抜いたリハしちゃって、すみませんでした!!」
立ち上がり、大きな声で謝った。
「桂吾は、普段 酒に飲まれるような飲み方しないのに、ワザと飲まれるような飲み方をしたってことだろ?」
瞬が静かに言った。
ふーーーーーーっ
大きく息をはいた。
「昨日、昼、会社に彼女のダンナが俺を訪ねてきた」
「えっ?彼女って、ゆきちゃんのダンナ?」
「なんで?桂吾、ゆきちゃんの名前出したこともないのに!!」
悠弥と瞬が同時に大きな声を出した。
「あぁ。会ってみたら、知ってるヤツだった。
バイト先で、昔 2回会ってる。
彼女の高校の後輩。
後輩くん、卒業式の日に花屋に来て、ずっと彼女をみつめてた。彼女のことを好きなんだってすぐにわかった。
2回目に会ったのは、YO・I・Nを作ったあの日。
彼女の隣りにいて、彼女の彼氏になっていた。
その彼が、昨日来たダンナさんだった」
「それが、ショックだったのか?」
大輝が聞いた。
「いや、ショックだった訳じゃない。
もう35だし、彼女はとっくに結婚してるだろうって思ってたから。
それが、あの時の彼だったことと、彼が俺を訪ねて来たことには驚いたけど、それがショックだったってことじゃない」
「じゃ、なんだよ?」
「……」
「桂吾……」
俺が言葉に詰まると、龍聖が小さな声で俺を呼んだ。
大丈夫、龍聖に軽く微笑んだ。
「……ダンナさん、俺に自慢しに来たわけでも、文句を言いに来たわけでもなくて……
俺が苦しそうだから来たんだって」
「苦しそう……」
「そう、あなたが苦しそうだから、って
……あなたは、彼女のはじめてをもらってるんですよ ってさ。
それを伝えたかったって」
「は?初めてって、何が?」
悠弥がポカンとした声で聞いた。
「俺は、全然知らなかったんだ。
彼女との初めての あの海での一夜が、
彼女の初めてだったなんて。
俺は、彼女の初めてを奪って、代わりに俺の心は彼女に奪われていた。
そんなこと、全然 気づかずにいた。
ずっと、最初から、彼女のたった1つの大切なものを手にしていたなんて……
……それを知って……嬉しいってよりも……
なんてゆうのか……、それを手にしているのに、
手にしていながら、何で彼女の気持ちを俺に向けさせることができなかったのか?
彼女と続けることができなかったのか?とか、
あのダンナから彼女を取り返したい とか、
俺が誘ったら、彼女はまた俺としてくれるだろうか、とか、そんなことを考えて、
最低だろ?
俺を気遣って来てくれたダンナから、奪い返したいとかって。ハハハ!!
35にもなって、まだ こんなウダウダウダウダしてんだぜ 」
言い終わるか、終わらないかで、思いっきり悠弥に殴られた。
渾身の右ストレート。
吹っ飛ばされ、うずくまった俺に近寄ってきて、胸ぐらを掴みあげた。
悠弥の顔を見たら、泣いていた。
「痛かっただろ!!ついでだから、泣けよ」
そう言って俺をギュッと抱きしめた。
「う、ゔゔ、ああーーーーーー!!!!」
思いっきり 泣き叫んだ。
こんな泣き方、かっこわりー。
こんな泣き叫んでるの ばかだろ。
俺は泣くのが下手くそだ。
悠弥は、俺を泣かせるのが上手だ。
悠弥に抱きしめられて、思う存分 泣かせてもらった。
15年前のあの時と同じ。
泣いたって、何も変わらない。
彼女が戻ってくるわけでもない。
でも、15年前のあの時とは違う。
俺は、俺たちは、デビューして10年 夢を一つ一つ現実に変えてきた。
俺には仲間がいる。
共に進む仲間。
叶えたい夢も、未来のビジョンもある。
だから、前に進んでいける。
こいつらと一緒に。
彼女は、俺の原動力だ。
それはいつまでも変わらない。
大切に心の奥にしまって、一緒に前に進めばいい。
ただ、前へ進めばいいんだ。
こいつらと一緒に。
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