第44・5話
余命を宣告された。
保ってあと半年だそうだ。
それを聞いた将成は、ああそうですか、と微笑んだ。
今の将成に『死ぬ』という恐怖はない。
ただ、悔しいという感情が彼の心を渦巻いた。
心残りを作らない人生を送ってきたつもりだったが、彼を幸せにしてやれなかったという自分に、将成は嫌気が差していた。
もう何もいらない。
もう楽になりたい。
その思考に至った時、将成は病室を抜け出していた。
行き着いた先は海水浴場だった。
中学生の頃に一度だけ行ったことのある、思い出の場所。海音の母である美里と来たことがある場所。楽しかった思い出だけがこの海には在った。
心安らぐ場所であると同時に、あの大海原の見えない底に恐怖する。
さざ波が足に触れる。夏本番ではない為、触れる度に少しだけ将成の体は震える。潮風も吹いており、薄着で来てしまった彼は若干後悔していた。
しかしいい機会かもしれないとも思っていた。
このまま体温を奪われて意識を手放してしまえば、楽に死ねるかもしれない。このまま海に入ってしまえば、水の底で眠ってしまえるかもしれない。今の彼に『生きたい』という欲はなく、ただただこの世から『消えて』しまいたいという欲だけが表れていた。
完璧に逃げ切れたと、思っていた。
背後に気配を感じる。それは海音だった。
二年ぶりの再会だった。あまり、会いたくはなかった。
こんなにも弱い自分を見られたくなかったからである。
「……どうしたの。……疲れちゃった……?」
心の叫びを、読まれたのかと思った。ああ、そうだよ。疲れたんだ。将成は泣き叫びたくなったが、ぐっと堪える。けれど堰き止めきれない気持ちが言葉となってどんどんと将成の意思など関係なく呟かれていく。
将成の言葉を聞いて海音はどう感じただろうか。今は、海音の顔を見るのが怖かった。
全てを吐き出した将成は、もう思い残すことなどないといった表情をして、ふらふらと目の前の大海原へと足を進める。もう楽になりたかった。何も考えず、ただ足を進めた。
もうすぐ沈めるという部分まで体が海に入る。あと少しだ、あと少しで楽になる。そう思っていた、瞬間、彼の体はぐいっと海音の強い力によって地上へと戻される。
放せと叫ぶが海音は聞かなかった。砂浜での攻防の末、将成は海音に押し倒された。胸倉を掴まれながら本音をぶつけ合う。
「僕の為に生きろ‼ 僕を置いていくな‼」
その言葉は『言霊』となって将成に届く。
この時、将成ははたと気付いた。
ずっと、誰かに『生きてほしい』と言われたかったのだ。
ずっと、生きる理由が欲しかったのだ。
将成は、海音によって生かされた。
もう彼は『死にたい』と呟くことは――ないだろう。
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