第42話

 将成にから、僕の生活は勉強に没頭する日々に戻った。

 懐かしい、全てが元通りの日々。

 友達なんていらない。必要ない。勉強だけが僕の救いとなった。

 父さんもお母さんも、多分僕のことを心配してくれていたと思う。でも、今の僕には必要のない気遣いだった。

 冬休みが終わり大学入試が始まる。僕は行きたい大学のAO入試を受験することに決めた。勉強に没頭する日々を送って来た為か大学はすんなりと合格した。

 あっけない。そう思った。

 ついに卒業式を迎えた。彼は、卒業式にも来なかった。

 少しだけ……ほんの少しだけ、僕は彼が来なかったことに、安心した。


 春になり、僕は大学に入学する。

 大学に入ってから僕はまた、勉強漬けの日常を送り始める。

 勉強は苦ではない。今までだってそうだった。

 今の僕の心は中学の頃まで戻ってしまっていた。友達なんていらない。友達を作れば、また、裏切られるだけだ。

 あんな痛い思いをするのなら、友達なんて、もう作りたくない。


 大学一年生の一年間、僕は独りだった。


「――あら。お久し振りね。卒業以来かしら、奥村クン?」


 大学二年生に上がった頃、佐央里さんが目の前に現れた。現れた、というのは少し語弊があるかもしれない。

 彼女は僕と同じ大学に入学していた。一年生の頃はクラスも離れていたし大学が広いこともあって一度も会うことがなかった。

 二年生に上がりクラス表を見ると彼女の名前があった。素直に驚いた。彼女が大学に進学していたことに。そして、同じ大学に入っていたということに。

 今日はたまたま授業のコマが同じだったのか、佐央里さんが僕の隣に座る。

「……そういえば、学部同じだったっけ、佐央里さん」

「ええ。教育学部保育課よ」

「保育課?」

 僕は少しだけ、佐央里さんは子供が苦手なのではないかと勝手にイメージしていた。だから学部が同じで、専攻が保育課だと聞いて、意外だと思った。

「……私だって、美里先生のこと、尊敬していてるんだもの。……いつかこの体が治ったら、美里先生みたいになりたいと思っていたの。夢が一つ、叶ったわ」

 母さんのことを想い出しながら話す彼女は、とても楽しそうだった。高校時代では聞けなかった話だ。これからたくさん母さんとの想い出を話してみたい。友達は作らない主義だったけれど、彼女とならなりたいと思った。

「この機会だからさ、僕たちメル友にならない?」

「……奥村クン」

「うん、なに?」

って、死語でしょ」


 ……マジか。


 僕の顔は引き攣ったことだろう。


 ともあれ、僕は佐央里さんのメル友……もとい、友達になることに成功した。女子と繋がりを持つことになるだなんて、過去の僕が今の僕を見たならどう思うだろう。驚き過ぎて腰を抜かしてしまうかもしれない。それを想像するだけで自然と笑えてしまう。

 大学での講義も終わり帰路につこうとする。席を立った瞬間、ジーンズのポケットに入れていた携帯が振動した。誰かから連絡が来たのだろう。携帯を取り出しメッセージの画面を表示する。

 健さんから、久し振りの連絡が入った。

 携帯を持つ手に緊張の力が入る。

 どうしてなのか。忘れかけていた記憶がじわじわと呼び戻されていく。健さんからのメッセージが届いた瞬間に脳裏に浮かんだのはのこと。彼に何かあったのではないかという恐怖が僕の心を支配した。

 僕は意を決して健さんからのメッセージを開く。

 その内容は、僕の想像の斜め上をいった。


〈将成が病室から消えた。一緒に探してほしい〉


 将成が、消えた。


 病室から――消えた?


 僕は家に帰ることを止め、将成に電話を掛ける。

 繋がるかどうか五分五分なところではあった。けれど電話をすることしか今はできることがない。

 頼むから変なことだけは考えないでいてくれ、とただ僕は電話が繋がるまでの時間、願うことしかできなかった。

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