第24・5話

 図書館デートの前日。その日は、将成の誕生日だった。


 朝から両親からの連絡が止まず。

 部屋を出れば兄からの熱烈なハグを受け。

 ああ、自分はこんなにも愛されているのだなと再確認する。


 そういえば、海音の誕生日はいったいいつなのだろう。

 もし近いようなら当日に祝ってあげたいな。

 将成は幸せな気分のまま、翌日のデートに備え、眠りにつくことにした。


 それが間違いだったのか?

 気持ちよく眠りすぎて、気が付けば集合時間の30分前に起床した。

 身支度を済ませるのに軽く30分を要する将成にとって、この時間での起床は地獄に等しかった。

 まず海音に謝罪の連絡を入れようと思ったが、その思考は彼の頭をぎることなく、焦りのあまり服を着替えた時点で家を出ることを余儀なくされたのだった。


 遅刻してしまったことを海音に謝ると、海音は気にしていないと言ってくれた。彼が怒っていないようで安心してしまい、思わず声を上げてしまう。そこが、であることを忘れていたのだ。周りに迷惑を掛けてしまったことに対して海音に怒られたのは言うまでもないだろう。


 課題をコマ割りで進めていく。なんだか授業みたいだと将成は苦笑した。

 三回目のコマが終わり、長めの休憩に入る。

「飲み物買ってくるけど、天川くんは?」

「あー、俺、持ってるから大丈夫。ありがと」

 海音が飲み物を購入しに席を立つ。

 ふと、席の横にある大窓から日差しが目の端に入る。窓の近くはぬくぬくと温かく、クーラーとの相性がいい。

 将成は本能に抗えず、そのままうとうととしてしまった。


「天川くん?」


 半分寝てしまっている意識の中で、ふいに海音の声が脳内に響いた。

 起きなければいけないと思いながらも、まだ寝ていたいと我が儘な心が唆す。

 将成は後者を選んだ。

 もう少しだけ、このままで。そう思っていた。


「――


 一瞬、頭が言葉を理解することをやめた。

 理解してしまえば、心臓が爆発して死んでしまうかもしれない。

 起きているとバレてしまえば、海音が可哀想だとは分かっていても、将成の耳の温度は上昇していくばかりであった。

 バレていなければいい。けれど、少しだけバレてしまいたいと思ってしまう自分がいる。

 海音は知らない。昨日が将成の誕生日だということを。

 言わなくてよかった。


 名前呼びなんて、最高の誕生日プレゼントだ。


 あれから残りの二回の授業を終えて、将成たちは帰りの支度を済ませる。

 図書館を出て伸びをする。随分と長い時間過ごしていたようだ。夕方とはいえアスファルトに熱が残っており少し暑い。だが先ほどまでクーラーの効いていた部屋にいた所為か、今が一番心地いい時間だった。


「あっ」


 危ないところであった。

 解散の一歩手前、将成は本日の目的のひとつであった、海音の誕生日がいつなのかを聞き逃すところだった。

「なあ、奥村の誕生日っていつ?」

「……え?」

「祝ってあげたいなって」

「……あぁ……先月……だけど」

「先月⁉」

「……なんで?」

「いや、そっかぁ……。お互い、もう終わっちゃったんだな~」

「お互い?」

「そ。俺は昨日終わったところ」

「お、おめでとう」

「ありがとう」

 歩きながら、さてどうしようか、と将成は考える。


 家に招いてケーキを食べるもよし。

 一緒にゲームなどして楽しく過ごすのもよし。

 ふたりで楽しめる何かがあれば、それだけでいいと思っていた。


「……あの、天川くん」


 ふと、海音が口を開く。

「ん?」


「今度、うち、僕以外、出掛ける日があるんだ。もしよかったら、僕の家でその、誕生日会……? やろうよ」


 まさか、海音の方から誘って来るだなんて。

 将成は嬉し過ぎて、今すぐにでも彼のことを抱き締めたいと思ったが、周りの目があるためそれは控える。

 とにもかくにも、将成にとって嬉しいイベントが重なった。

 当日はうんと楽しんでもらうために、海音に喜んでもらえるようなプレゼントを渡してあげよう。そう心に決めた。


 夏の夕暮れ、蝉の音が、彼らの帰路を照らした。

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