第20話
すべては一年前のあの音楽室から、
すでに決まっていたことなのかもしれない。
触れ合う
口付けた唇の感触も。
赤く染まる頬も。
全部、こうなると、決まっていたのかもしれない。
天川くんの目が驚きのあまり、目をこれでもかと見開いている。
僕は何に対してか、絶対に負けないという気持ちで天川くんに口付けていた。
花火の音がうるさいけれど、心臓の破裂しそうな音がかき消されていると思うと少しだけありがたく感じた。
僕はいったい何をしているんだろう。
不意に現実に意識が呼び戻された気がしたが、そんなのは、いい。
ただ天川くんのあんな顔を見て、僕はどうにかしてあげないと、と思った。
花火がいったん区切りになり、周りがしん……と静かになった。
「……奥、村……?」
天川くんが僕を見る。
僕は天川くんから目を、逸らしたくなかった。
けれど、逸らしてしまった。
「どうした? だいじょうぶか?」
大丈夫か、なんて。
「……こっちのセリフだよ……」
キスに慣れている天川くんが嫌にむかつく。余裕があるから、大丈夫か? なんて聞いてくれるんだろう。優しいから、余計にむかつく。
「好きだよ、天川くん」
口から自然と出た言葉は、自分で思っていたタイミングではなかったが、漏れてしまった。それは、間違いなく僕の本音だった。
「ずっと、多分、好きだった。母さんのことがあってもなくても、僕は天川くんに惹かれてたんだ。天川くんが僕のことをそういう対象として見てないことは分かってる。でも、僕は天川くんのことが好きだ」
ああ、なんでそんなこと、次々と出てくるんだろう。泣きそうだ。
「……奥村」
天川くんが僕の名前を呼ぶ。僕は彼のことを見れなかった。なにか言われるかもしれない。否定されるかもしれない。天川くんがそんなことを言わないと分かっていても、それでも恐怖は拭えない。
「奥村」
天川くんが僕の手を握った。心臓がもたない。ぎゅっと目を強くつむった。
「奥村の気持ち、嬉しいよ。俺も奥村のこと好きだ。美里先生のことを抜いても、好きだ。だけど……」
「……だけど……?」
「俺は、いつ倒れるか分からないから。特定のひとを、作ることはしないことにしてるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、また花火が上がり始めた。
「俺の病気はまだ完治してなくて、先もどれだけあるか分からない。もちろん、奥村に告白されたことはすっごく嬉しい。けど、俺は奥村のこと、幸せにできる自信が無い」
そこには男とか、女とか、関係ない、ただ恋愛感情があるかどうかを聞いていて、天川くんの優しさを感じた。その優しさに、溺れてしまってはすべてが元通りになってしまう。だから僕は引きたくなかった。
「そんなの、考えなくていいよ。いいんだよ」
「……うん。ありがとう、奥村」
天川くんは、ほっとした表情で笑った。
ひとつ、条件を付けないか?
天川くんが言った。
「条件?」
「そう、条件。こういうデートのときだけ、一日恋人になるっていうのはどうだ?」
「なんか……限定的だね?」
「まあ、そうなっちゃうよね。ごめんな、
「ううん! それは、全然……」
「俺はあんまり気にしないんだけどさ、奥村がそういう偏見の目で見られるのも困るし。ね?」
本当に天川くんは優しいな。
僕たちは花火を最後まで、見ることが出来た。
僕たちはここから始まるのだ。
不器用な恋だな、と自分でも思う。
これからの恋だな、とも、思うのだ。
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