第13・5話
自分の「欲」の為に、好きなひとを利用した。
その事実だけが彼の心を
魔が差した。
そう表現するのが正しいと思った。
将成は久し振りに海音に会えたことで、感情のタガが少しだけ外れた。
ああ、一度は好きなひととデートをしてみたい。では、デートとはどのような場所に行くのか? それを考えた時、真っ先に思い浮かんだのが水族館だった。
けれどひとつだけ懸念すべきことがあった。それは、将成自身が水族館が苦手だということ。幼い頃のトラウマが、水族館という場所には沢山散りばめられている。
しかしここは前向きに捉えようではないか、と将成は心を決める。これはそう、予行演習なのだ。好きなひとと行くことが出来るならトラウマなど平気になるのでは、と安直な発想ではあったが将成は本気でそう思った。
案外、最初の内は平気だった。海音も楽しそうにしていたし、特別怖いとも感じなかった。これなら克服できる! とポジティブ思考に酔っていた時、突然目の前に現れた巨大な柱型の水槽に息を呑んだ。
しまった――と思った。一番、怖い場所。将成は全身から血の気が引くのを感じた。無意識に、海音と繋いでいた手を強く握ってしまった。
「天川くん?」
海音の心配そうな声が聞こえた。同時に、彼に優しく手を引かれて、順路を進んでいく。あの巨大な水槽から逃れられたことに、将成はほんの少しだけ安堵した。
海音が飲み物を買ってきてくれたので、将成はそれを「ありがとう」と受け取った。気を利かせて常温を買ってきてくれた海音のことを、こんな時になんだが、本当に好きになってしまいそうになる。
好きになってはいけない、そう心に決めていたのに。
本気で心配してくれている彼に、言い訳をしたくない。将成はひと息吐いてから、今日の目的を海音に話した。
水槽の中を揺らめく人口の光が、手術の時に麻酔を注入されて
(……ああ、今の俺、ちょーかっこわるいじゃん)
少し、困った顔をすると、真摯に将成の話を聞いていた海音の表情が曇った気がした。将成はすぐに『辛い』を誤魔化すように笑った。
(俺の悪い癖……出ちゃったなあ……)
安心したことで急激に眠気が将成を襲う。気を失うようにして眠ってしまったことに申し訳なく思いながら、海音の温かさに安心していた自分がいた。
「あーいてて……」
「あんな変な姿勢で寝こけるからだよ。しかも閉館時間ぎりぎりまで」
「いや~、ごめん! まさかあんなに疲れてるとは思わなくて!」
将成は「あはは」と誤魔化した。伸びをして固まった体をほぐす。外はすでに暗くなっており、辺りは街灯が灯り始めていた。
「遅くなっちゃったな。送るよ」
「大丈夫だよ。そこまで子供じゃないし。遅くなりそうかも、とは伝えてあるから」
「ん、そっか」
駅にふたり、向かいながら会話を続ける。
今回のテストの出来はどうだったか。健は元気か。そんな他愛のない話を続けていく。この時間が酷く愛おしいと感じた。
終わりたくない、帰りたくない。
海音を帰したくないという欲が将成の心を埋め尽くしていく。けれど彼には帰るべき家がある。自分の独占欲を優先させるのは駄目だと、自分の心を抑制する。
ついに最寄り駅に着いてしまった。将成と海音の家はそれぞれ反対の路線になるので改札口で別れることになる。
「……じゃあ、また、学校で」
「うん。今日はありがとう、楽しかったよ」
「僕も……気分転換になった。楽しかった」
海音の、珍しく笑顔な彼を見て、ああ、案外水族館も悪くないかもしれないと思った将成だった。
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