第127話 わたしの夢(3)
「甘く、見ないでください」
絞るように出したのは、自分でも驚くほどに低い声。
「わたしたちは……人は、夢を叶える力を持っています」
わたしは自分の手で、誰かに歌を届けるという夢を叶えるつもりだった。はっきりとそう、決意したばかりだというのに。
この夢の世界から、わたしの現実へ帰るのだと。
「……神さまの、ばか」
そう口に出した途端、ぶわりと自分の中で魔力が膨れ上がるのを感じた。マクニ・オアモルヘを演奏したときよりずっと多い魔力にツスギエ布が眩しいほど光る。……痛い、苦しい。耳が熱い。
「――おいっ! 馬鹿はあんただ! 抑えろ!」
その声の主をキッと睨む。さっきまでは黙っていてくれていたのに、どうしてこんなときばかり止めるのか。
「スダ・サアレも神さまに賛成なんですか?」
「そうじゃない、良いからまずは落ち着け。石になったあんたを拾うのはごめんだぞ」
一度吐き出してしまった苛立ちは簡単には収まらない。けれど、ざらりとしたスダ・サアレの声に含まれる不思議な響きに感情が吸い込まれていく感じがして、もっと怒って発散したいという気持ちがふっと小さくなった。
その妙な感覚と、あとから追いついてきた言葉の意味にさらに頭が冷やされる。
石になったわたし? ……カフィナのときみたいに、なってたんだ!
深呼吸をしながらざわざわ騒がしい魔力に意識を向ける。頭の中で魔力を動かす歌を流し、静まれ、薄まれ……となだめていく。
そうして自分を落ち着けて、ようやく周囲に目を向けたわたしはありえない光景に「ひぁっ!?」と小さな悲鳴を上げた。
「神さまが、増えた……?」
「……やっと正気に戻ったか」
ハァ、と吐き出された溜め息には呆れが含まれているけれど、スダ・サアレの顔は引きつっている。どうやらわたしはとんでもないことをしてしまったらしい。いや、さすがにこれは異常事態だと自分でもわかる。なぜいろんな神さまがこちらを見ているのか――というよりそもそも、ここにいるのか。
「神と繋がるのは、普通の者からすればとんでもない量の魔力が必要だということは理解しているな?」
「それは、はい」
「……今ここに、何柱の神々が現れたと思っている? いくら無尽蔵に魔力があるといっても、それだけ使えば先に身体のほうが保たなくなる」
「え、あ。そういう……」
「幸い正式な繋がりを得たのは夢の神だけのようだが……ハァ、悪いがもう帰ってくれ」
しっしと追い払うように手を振ったスダ・サアレの神さまの扱いがやっぱりぞんざいで、そのおかしさに気が抜けてしまう。いつのまにか神さまの視点もなくなっていたようだ。へたりと座り込んだ切り株の表面がひんやりしていて熱を持った身体に心地良い。
さすがに罰当たりだよなぁと思ってしまうわたしの不安とは裏腹に、神さまたちは「わかったわ」とそれぞれ納得してどこかへ消えた。
「立てるか?」
差し出された手は意外にも丁寧にわたしを支えてくれて、まだ心の奥にある虚無感から力の入らない身体だけどなんとか立ち上がる。
こちらを見下ろすスダ・サアレの表情はくすんだ金髪の影に紛れて上手く読み取れない。
「ありがとうございます」
「まだ不安定だな。こちらへ来なさい」
手を引かれるまま儀式場を出て、前に食堂へ向かうのに使っていた階段とは別の階段を降りる。――シャン、シャリンとスダ・サアレが身に着けている金属飾りが鳴った。
その部屋専用の階段だったのか、一階層分も降りないうちに目の前に扉が現れる。
石造りのそれには古代遺跡みたいな模様が彫られていて、スダ・サアレがわたしと繋いでいるほうと反対の手を触れると模様の溝がぼうっと銀色に光った。ついでにスダ・サアレも光に包まれ、手を繋いでいるわたしにもかかる。
シルカルの部屋と同じように、登録されている人とその者に触れている人しか入れない仕組みなのかもしれない。
「わ……」
それほど広くはない空間の中で、存在を主張するように巨大な宝石みたいな岩が鎮座している。
岩は脈打つように明滅し、そのたびに青や銀の光の粒子が散らされる。本物を見たことはないけれど、まるでダイヤモンドダストだ。
……だけど。
神殿の大岩の中心付近に作られた部屋。スダの土地を象徴する色に光る、おそらく魔法石であろう岩。
これがなんなのか、答えはひとつである。
「ラッドレ、ですか」
問うた先のスダ・サアレは薄い笑みを浮かべただけで明言を避けたが、多分合っている。
四つ灯の魔法で魔力が飛んでいく先にあるもの。魔力を溜めるための魔道具。そんな岩のある場所へわたしを連れてきたということは、わたしの魔力を吸収するため――つまり、わたしの魔力を吸収せざるを得ない状況になる可能性があるということで。
「悪いが、サアレとしてはっきりさせなくてはならないことがある」
その理由なんて簡単だ。
「――あんたは、なんだ?」
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