第115話 距離感と序列(1)
時の止まる 生者の木
内なる光を 磨け 磨け
遠つ
生まれる音よ 空目指せ――
調理の講義で合格をもらえないまま、木立の日がやってきた。ここから数日間は披露会の予定が続く。
その予定のひとつで、ジオの林では毎年、ジオの土地の初中級生から上級生までが参加する披露会が開催される。去年はカフィナとのこともあり参加を取り消されてしまったが、木立の日の披露会というのは初中級生以上の舎生にとって講義の復習としての意味合いもある。強制ではないが大した理由もなしに参加を断るわけにもいかない。
……ここまできたら、演奏だけでもしっかり楽しもう。
講義と反比例するように演奏技術のほうはぐんと成長していて、夢の神さまと繋がるためのマクァヌゥゼの楽譜もかなり埋まってきている。スダ・サアレとのワイムッフのやりとりは厳しくも楽しくて、中級生のあいだに完成させられるかどうかは半々といったところだが、やはり音楽の存在は大きいなと実感する日々だ。
今も、上級生たちの準備を見学がてら、隅のほうで歌いながら包丁を扱う練習をしている。
中級生のなかでも料理が得意な子は準備を手伝っているけれど、わたしは講義に合格していないのでそもそも手を出せないのだ。
ただこうしていると、気づくこともあった。
「……ひとつ級が違うだけで、出来栄えも大きく変わりますね」
「えぇ本当に。こなしてきた数の違いでしょうか。……それなのにシエネ様は、上級生の方々に混ざってもお上手ですよね」
「それはわたしも思いました。お洒落さんですし、盛り付けまで学んだらきっと美しい料理を作るのでしょうね」
自分も復習をしておきたいと言ってわたしの練習に付き合ってくれているカフィナとそんな話をしていると、「もう……」と恥ずかしそうな声が近づいてきた。
「シエネ様」
「本人に聞こえています……」
「ふふっ。褒めたのですから、良いではありませんか。ねぇ、レイン様?」
「えぇ、むしろ届いて良かったと思いますよ」
「わたくし、シエネ様が調理をした料理は是非にいただきたいと思っているのですけれど、あれだけお上手だと見つけるのが難しいかもしれません」
「……お、お二人だって、音楽の演奏では最上級生と並んでも見劣りしないではありませんか。それにこうして、得意な音楽で苦手を楽しくこなしてしまうのは、さすがだと思います」
「ラティラ様とカフィナ様の助言のおかげですね」
「もとはと言えば、レイン様の作る曲が素晴らしいからですよ。……ほら、これなら講義でも合格をいただけるのではありませんか?」
そのうちに、他の中級生たちも集まってくる。
中にはわたしと同じく、まだ講義に合格していない子もいて、食材の魔力と寄り添う歌を教えてあげればいっしょに歌ってくれた。
ひらりふわりと女の子たちがツスギエ布を揺らす。
シャン、シャンと男の子たちが金属飾りを鳴らす。
そんな中で作る料理は、幻想的で、不思議で、このようなときでもつい夢見心地になってしまう。
内なる光を 磨け 磨け――
やっぱり音楽は、歌うことは楽しい。
ざわざわと、わたしの中で魔力が動いている。
さて、ジオの林での披露会が始まると、席順は親の職業によって分けられた。さほど親密ではない者との会話を練習するため、また家庭環境の似た相手と将来を見据えた実のある会話をするためらしい。
よって、わたしが座る卓でよく知っているのは、兄であるルシヴ、ヒィリカと仲良しな文官のトヲネの娘であるフッテア、これまた親が優秀な文官であるらしいヅンレの三人くらいだ。
それ以外の子は、さすがに他の級生でも顔と名前までなら一致するけれど、ほとんどが挨拶程度の言葉しか交わしたことがなかった。
ちなみにフッテアの姉であるリィトゥは最上級生であるためこの場にはいない。
「中級生の皆は、神への宣誓後、なにを成すのであろう?」
ルシヴの言葉に、同じ卓に座る子供たちの視線がこちらを向く。わたしが彼の妹だからというわけではなく、この場では一番背が低いからだ。
神さまへの宣誓。それは最上級生が音楽会――つまり成人の儀にて行うもので、そのまま成人になることを意味している。
志望職業を決める中級生になってからはよく聞かれる質問なので、このような場では詩的な表現を用いる必要はあれど、戸惑うことなく答えられるものだ。
「泉の雫による美しい花を咲かせようと思っています。それはきっと、木立の彩りにも繋がるでしょうから」
泉の雫というのはジオ・マカベの子のことを指す。
簡単に言えば「音楽を磨いてマクニオスに貢献する文官になる」という意味だが、この言い回し自体は去年の木立の日にラティラとその母親であるアイナがしていたやりとりを参考にしてみた。
何人かがわたしの宣言に言葉を返してくれ、順番に中級生が成人後の予定を語っていく。
そうしてヅンレの番がきた。
「木漏れ日を描く、枝葉の形を知るつもりだ。雫のゆく道になくとも、草花や霧をもたらすことのできるように」
しんと卓が静まり返り、他の卓のざわめきがやけに大きく聞こえる。
……えっと。
これでも最近は、ヅンレとある程度の会話ができるようになっていたはずなのだ。
それはマクニ・オアモルへのために詩歌表現の理解を深めたからなのだが、どうやら彼は、今日は披露会だからと張り切っているらしい。
少しばかり曇らせた表情にこちらも胸が痛むが、わからないのに適当に言葉を返すのは良くないだろう。話が拗れ、意図しないふうに伝わってしまえば困るのはヅンレだ。
そうわかっていても不安でさまよわせた視線にルシヴのそれが絡む。彼はわたしの瞳になにを見たのか、優雅に息を吐いた。そして口を開いて――「まぁ」という女の子の声にそっと噤んだ。
「素晴らしい書庫への鍵をお持ちなのですね。ヅンレ様にとっても、わたくしたちにとっても、器の絵付けは素晴らしいようです」
「……フッテア」
明るい笑顔には緊張の影が見えるけれど、どうやら彼女にはヅンレの言ったことがわかったらしい。ほっとしてフッテアのほうを見れば、彼女は愛らしく微笑みを返してくれた。
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