第52話 やらなくてはいけないこと(4)
わたしがイョキを唱えると、ジオの土地に対応する魔法石が赤と金色に光り、続けてスダの土地に対応する魔法石が青と銀色に光った。
それを見たウェファがハッとして魔道具に顔を近づけ、四つの魔法石をじっくりと見る。何をそんなに気にしているのかわからなくて、わたしはドキドキしながら合否の判定を待つ。
やがて顔を上げた彼女は、悩ましげな表情で、ほぅ、と溜め息をついた。
「あなたは本当に……いえ、ジオの土地に対応する魔法石がしっかり光っていますから、合格で問題ないでしょう」
……良かった。出身地以外の魔法石も光らせることで訝しまれるとは思ってもいなかった。
わたしに思いつく原因はやはり、スダ・マカベの娘であるラティラだろうか。一緒にいることが多いので、魔法石が余分に光ったのかもしれない。よくわからないけれど。
カフィナとラティラのところへ戻る途中、アグの土地の子が数人座っているところから視線を感じ、軽く会釈をする。
嫌でも数日前の出来事が思い出される。わたしは美しさを損なわないようにしつつ、それでもできるだけ速く歩いて彼らの横を通り過ぎた。
四つ灯の魔法のマクァヌゥゼを練習しはじめてすぐのころ、わたしは何故か、今までまったく面識のなかったアグの土地の男の子に親しげな様子で話しかけられた。しっかりした体格で、わたしよりも頭ひとつ分は背が高い。赤みがかった瞳には理知的な光が宿っていて、それでいて人懐っこそうな明るさも湛えていた。
当然挨拶もまだだったので、背が低いわたしから名乗る。それをにこやかに受け止めた彼は、ホフト、と名乗った。
「レインにはぜひ、アグの土地の披露会に来てもらいたい。招待しても?」
断らないだろう、という自信が透けて見えるホフトの様子には首を傾げつつ、しかし断る理由もなかったため頷く。すると、彼は嬉しそうに破顔した。
カフィナもラティラも招待されていなかったので、わたしは同じジオの土地の女の子で、招待されていたシエネとともにアグの林へ向かう。
シエネは披露会の準備を行うようになってから話すようになった女の子だ。お洒落をすることが好きらしく、ツスギエ布の纏いかたや色の組み合わせにとても凝っている。今日は金色と銀色で、大河がゆったり蛇行するように上から下へと流していた。
さて、アグの土地の披露会がはじまると、わたしはその内容にとても驚いてしまった。
ラティラに招待されてスダの土地の披露会へ行ったばかりだったので、序列の差が浮き彫りとなっていたのだ。
それは正直、マカベの娘としても、せっかくなら楽しんでおこうと思う
品が良いとはいえない、ただ豪華さを求めただけのような料理に、わたしは何とか感想を絞りだす。
いくら低質なものが分配されるとっても、ボロボロだったり腐っていたりするわけではない。少し目が粗いとか、形や味が悪いとか、その程度のことなのだ。
だから使いかたや見せかたを工夫すればちゃんと美しくなるのだと、物と向き合い、工夫する努力を怠らないようにしなさいと、ヒィリカやシユリは口を酸っぱくして言っていた。
しかし、アグの土地の披露会にはそれが見られない。
姿勢からして違うのだ。表面だけを取り繕おうとしていることは明らかで、わたしはがっかりした。
そしてがっかりしたことに、またがっかりする。ヒィリカたちの教えがしっかり染みついていることを、こんなふうにして知ることになるとは、予想していなかったのだ。
「――レインは気立子なのだよね?」
「はい」
「とてもそうは見えませんよね。演奏もお上手ですし」
「あぁ。それに所作もしっかりしている」
「お父様――ジオ・マカベに、とてもよくしてもらいましたから……」
居心地の悪さを感じる要因のひとつには、アグの土地の子からの質問攻めもあった。
主催側はまんべんなく話題を振る必要があるはずなのに、彼らはわたしの一挙手一投足を観察し、言葉を投げかけてくる。
「それでも、短期間でここまで仕上げるのは大変だろう? もとはどこの国にいたのだ?」
出会ったころのヒィリカよりも強引だ。その遠慮のなさに、招待されていたほかの子供たちも戸惑っている。
わたしはいよいよ溜め息を我慢できなくなってきて、その呼気をなるだけしとやかな笑い声にして出す。ホフトが一瞬、肩を揺らし、わたしはその隙を笑顔で掬った。
「神さまは、わたしを土の国から連れてきたとおっしゃいました。そして、マクニオスへくる前の記憶を失くしている、とも。……真実、今のわたしはマカベの子としてしか生きていないのです」
「アグの土地のみなさま。……ほかの土地のみなさまも。レイン様の演奏の素晴らしさはご存知でしょう? 記憶がなくとも、彼女はこうして芸術に寄り添う心を忘れていないのです。わたくしたちもその美しさを見習うべきではありませんか。せっかく素敵な音楽を聞かせてくださっているのですもの、楽しいお話をしましょう?」
持ち上げてもらうつもりはなかったのだが、シエネがうまく拾ってくれる。……そんな話は楽しくないよ、だなんて、彼女もなかなか言うではないか。
そのあとは他愛ない音楽の話題をいくつか乗り切り、無事に披露会はお開きとなった。
アグの林からの帰り道、シエネはクスリと笑いながらこう言った。
「きっと、レイン様のことが気になっていたのでしょうね。男の子たちが一生懸命でしたもの」
……え、そういうこと?
そんなの、なおさら居心地が悪い。わたしにとって、彼らはずっと年下なのだ。啓太という大事な恋人もいる。とてもそういうふうには見られない。
わたしはどっと疲れてしまって、これからは――いや、これからも、あまり男の子と関わらないようにしようと決めた。
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