第38話 フラルネ作りと魔力(3)

 そして、フラルネ作りの最終日がやってきた。

 一昨日、昨日と少しずつ魔力を動かすことに慣れてきたわたしは、残すところあと一か所に魔力を流すのみ、という状態で今日を迎えている。

 一か所と言えども、魔力量の調整が難しそうな部分であり、まだ歌がないと魔力を動かせないので気を抜くことはできない。

 周囲の視線を感じつつ、今日もうたう。そうすることでようやく、わたしのなかのどこかにあるらしい魔力が、ひょっこりと顔を出してくれるのだ。


「レイン様」


 と、カフィナが様子を見にやってきた。彼女自身はほかの子らと同じように四日目でフラルネを完成させていて、この三日間は別のことをしていたようだ。それももう、ひと区切りついたのだろう。


「良かった、あともう少しですね。マカベの儀ではあれだけの魔力を扱っていたのですもの、レイン様なら必ず完成させられます」

「カフィナ様……ありがとうございます」

「ふふ、今日は一緒に食堂へ行きましょうね」


 それだけを言うと、彼女は自分のところへ戻っていった。

 ……カフィナ、良い子だ。できないことを自覚しているとはいえ、あのように応援してくれる人がいるのは心強い。素直に、頑張ろうと思える。


「マカベの儀では……?」


 隣では、フェヨリがカフィナの言葉に不思議そうに首を傾げていた。わたしも一緒に首を傾げる。


「そうなのです。マカベの儀でわたしが光っていたと、みなさんおっしゃるのですけれど、わたし、よくわからないのです」

「……幹が、ですよね。あれは全員が光らせるものだと思いますけれど……」

「そう確認しても、わたしが光っていた、と……」


 まさか、とフェヨリは笑って首を振った。どうやら本当のことらしいし、ツスギエ布が光っていたことも事実だが、わたしもその気持ちには賛成だ。というより自分でもよくわかっていないので、これ以上踏み込まれても説明しようがない。早々に会話を切り上げて、わたしは作業を再開する。


 そうして、魔力量の調整に苦労したり、フェヨリに助言をもらったりしながら、なんとか魔力を込め終わった。

 できあがったフラルネは、最初の鈍色とは打って変わり、つややかな真珠のような色をしている。角度を変えると、ほんのりと薄桃色の膜がかかったように見えるのが綺麗だ。


 フェヨリにそれを手渡すと、彼女は魔法石を使って丁寧にその出来を確認してくれる。


「問題ないでしょう。これで完成です」


 戻されたフラルネを、ツスギエ布の上から腰に巻き付けた。白と灰色の布のなかで、しっとりと光るさまが良いアクセントになっていると思う。


「魔力の扱いが上達したとき、もしこの出来が気になるようでしたら、持っていらっしゃいな。調整のしかたを教えますから」

「わかりました」


 ……やはり、あまり良い出来ではなかったようだ。


「落ち込むことはありません。これはみなさま行うことなのです。本日でフラルネ作成の時間は終わりですから、また今度にいたしましょう」


 早くに作り終えていた子たちが何をしていたのかと思ったら、どうやら調整方法を教わっていたらしい。

 調整によって何がどのように変わるのかはわからないが、大事な楽器をつけておくものなのだ。できるだけ早く調整できるようになりたいと思うので、今度はしっかりと頷く。


 片付けを終えると、講堂にはもう誰も残っていなかった。この七日間は、ずっとそうだった。陽が傾きはじめると自由解散となり、教師たちも、フェヨリを残し帰ってしまうのだ。

 窓からは赤みを増した陽が差し込んできて、わたしは眩しさに目を細める。


「フェヨリ先生。毎日、最後まで教えてくださって、ありがとうございました」


 わたしが礼を言うと、フェヨリはその目もとをやわらかく細めて笑った。


「できるようになるまで教えるのが、教師の役割ですよ。それに、あなたのように真剣に取り組んでいる子を放り出すような真似はいたしません」


 それでも、だ。わたしは明らかに落ちこぼれだった。そんな子供に対して、焦らせることも、苛々する様子を見せることも一切なかったフェヨリ。その姿に、わたしがどれだけほっとしたことか。


 わたしは胸に右手を当てて、もう一度、感謝を伝える。それから、講堂をあとにした。



 ヴウゥゥ――……



 寮の部屋に戻ると、ちょうど、唸る音が聞こえてくる。

 わたしは窓際の椅子に深く腰掛けて、目を閉じ、その音に意識を預ける。はじめのころはうるさいと思っていた低音も、だんだんと心地良く感じるようになってきた。もう、真夜中に目が覚めることもない。


 少しずつ、わたしはこの世界に慣れてきている。

 そのことが、とても怖いと思った。


 帰る方法を見つけるためには、ここでの生活に慣れなければいけない。だからこれは当たり前のことだ。

 そう思うのに、目標が、どんどん遠くへと離れていってしまうようで。


 唸る音がやんでから、どのくらい経っただろうか。チリリン、と来客を示す細い鐘の音が聞こえてきて、閉じたまま眠りへいざなおうとしていた目蓋を持ち上げる。


「カフィナ様」


 開けた扉の向こうに立っていたのは、カフィナだった。一緒に食堂へ行こうと言っていた通り、迎えにきてくれたのだろう。

 彼女はちらりとわたしの腰もとに目を遣り、それから、花が綻ぶように笑った。


「夕食までには間に合うだろうと思っていました。さあ、食堂へ行きましょう」

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