第34話 入舎の儀(2)
ウェファの話は続く。次は初級生の課題についてだ。
「基本的には、ひと月に二つの課題が与えられます。難易度によっては、多少前後することもありますけれど。内容は、魔法と、芸術に関するものですが……まずはフラルネを作成します。これは課題というより、準備ですね。フラルネがなければ、楽器を携帯することすらできませんから」
フラルネというのは、はじめて聞く名前だ。が、楽器を携帯するためのものということは、腰飾りだろう。シユリたちが腰飾りにはめられた石を楽器にするところは、何度も見た。
そんなフラルネを作り終えれば、本格的な講義の開始だ。
フラルネ作成後から、九の月にかけて。楽器の魔道具の作成。これがいちばん楽しみである。
十の月。筆記具と通信用の魔道具。多分、ヒィリカがよく使っている、鳥になる手紙のことだと思う。
十一の月。略式魔法の習得。……略式魔法って、何だろう。
わからないので、隣のヅンレに小声で訊いてみる。
「ヅンレ様。この、略式魔法というのがどのようなものか、ご存じですか?」
「略式魔法は、発動過程を略した魔法だ」
「えっと」
……うん、そのままだね。
「……嫌でも学ぶことになるのだから、そのとき知れば良いだろう」
「確かに、そうでしたね……」
ヅンレは、何だか迷惑そうだ。もしかすると、「頼りなさい」というのは親の押しつけであって、本人は嫌だったのかもしれない。それならヅンレが可哀想だし、わたしも嫌々接せられるのは気分が良くない。彼に頼ることはよして、あまり関わらないでおこうと思った。
「十二の月は、
周りの子供たちは頷いているけれど、わたしにはわからない。ヅンレにも訊きづらい。
好意的でなくても良い。せめて、普通に接してくれる子はいないだろうかと、それとなく周りの子の表情を窺う。
ジオの土地の固まり、その端のほうに座っている、ひとりの女の子と目が合った。
癖で会釈をすると、彼女にも何となく伝わったのだろうか。その丸い瞳に喜びの色が浮かんだ……ような気がした。
「一の月から三の月は、飛行用の魔道具を作成します。期間が長いのは、二種類あるからですね。……以上が魔法に関する課題です。ここまでで何か質問はございますか? ……なさそうですね。もう一つの課題、芸術に関しては、初級生は音楽だけになりますから、その都度、楽譜をお渡しします」
ウェファはそう言って一度、口を閉じた。目もとには笑みによる皺を作ったまま、ゆるりと講堂内を見回す。
やわらかな空気感のなかに走る、緊張。
それを保ったまま、ウェファはふたたび口を開いた。
「最後に、舎生の証を授けます。クトィを着けた腕を、前に出してください」
クトィとは、と思う間もなく、子供たちが、腕時計の形をした魔道具を見せるようにして腕を出す。わたしもそれに倣う。……今日は何だか、こんなことばかりだな、と思いながら。
――デャラン、ポロロン……
ウェファが、リュートに似た形の楽器を抱えていた。
少しの伴奏ののち、歌が紡がれる。
四つの意思の交わるとき
木々に集え 陽だまりに集え
四つの意思の交わるとき
木々にうたえ 陽だまりにうたえ……
金と銀の光の粒が、講堂内いっぱいに広がった。
それは、子供たちの頭上へ降り注ぐように下りてきて、クトィを包む。
やがて、光の粒が消えた。
クトィにはめられた乳白色の石の中。金色の光がぼんやりと、刻まれている赤色の記号を縁取っていた。
入舎の儀のあとは、「交流会」と称した夕食会がある。なんと、木立の舍に通う子供は全員参加という決まりらしい。
……そんな大人数がどこにどうやって入るのだろうか?
疑問はもっともである。しかし心配ご無用。何と言っても、目の前にあるのは――
「マクニオスの木の、陽だまり部屋……」
広い。とにかく広い。
木そのものが大きければ大きいほど、中の部屋も広くなることは知っていたし、マクニオスの木は、山と見紛うほどの大きさなのだ。
しかし、だからといって、会場がコンサートホールさながらの広さで、それなのに、もっと広い陽だまり部屋が上階にあるのだと言われても、そうですかと納得できるはずがないだろう。
これにはほかの子供たちもぽかんとしていたので、決してわたしの感覚だけがおかしいわけではない。
すでに初級生以外は準備を終えていたようで、わたしたちを迎えるところから交流会がはじまるという。
序列順にスダの土地、デリの土地……と初級生が入場する。次は、ジオの土地の番だ。
――陽だまり部屋に足を踏み入れた途端、突き刺さる視線。
お手柔らかに、と言いたくなる。けれど。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
……大丈夫。わたしはレインだ。いつでもどこでも、楽しそうに。それから、美しく。
ここからはしばらく、気を抜くこともできないだろう。
だけど、問題ない。
張り付いたわたしの笑顔は、そう簡単には剥がれないのだから。
そう自分に言い聞かせ、強く脈打っていた血液の音が静まるのを感じる。
同時に、会場内に流れる、穏やかで荘厳な曲の調べに、ぴくりと耳が反応する。……うん、わたしはこうでなければ。普段通りの身体の反応に、自然と笑みが零れた。
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