第14話 新しい生活と新しい楽器(4)

「陽だまり部屋です。お客様はこちらに通すのですよ」


 陽だまり部屋。ぴったりな名前だ。


 木漏れ日がキラキラとわたしの顔を照らす。

 もとから光っている丸い灯りは、陽の光を受けてさらに複雑な色を発する。

 風はそよそよと流れ、優しく頬を撫でていくのが心地良かった。


 居間も素敵な部屋だが、確かにこの屋上は特別な感じがする。幻想的で上品でお洒落なカフェテラス、といった雰囲気は、客をもてなすのにふさわしいだろう。

 わたしたちが上ってきた向かい側にも階段があり、そこが客用の玄関から直通になっているらしい。


 そんな魅力溢れる空間であったが、椅子に座ったわたしの目はすぐ、机の上に置かれていた布張りの箱に釘付けになった。


 箱を開けるシルカルの手を目で追う。布を除けて、それは取り出された。

 シルカルの部屋に置いてあったものとは違う、簡素な見た目。

 アコースティックギターの本体部分を逆さにしたような形で、指板――弦を押さえるところはない。

 瓢箪のように丸みがあるが、下のほうは細長くなっている。

 弦の数は多くて、その分、音を響かせるための穴も大きい。


 シルカルは続いて、箱から手巻きハンドルのような物を取り出す。それを楽器の横穴にくるくる回しながら取りつけた。

 優美な曲線を描いているところを見るに、おそらくは装飾なのだろうが、楽器から腕が生えているように見える。それもガッツポーズだ。


 この時点ですでに笑いそうだったのに、シルカルは、さらなる爆弾を投下する。


「イェレキ、という楽器だ」

「……っ!」


 ……危ない。吹き出してしまうところだった。アコギがガッツポーズをしていて、しかも、エレキみたいな名前って!


 内心の大笑いを何とか押しとどめ、喜びの笑みを表に出す。それからしずしずと受け取るように手を伸ばすと、彼は持ちかたを教えながら渡してくれた。


「後ろから両腕を回し、抱えるのだ。弦はこちら側に向けるように」


 細長い部分を太腿で挟むように固定すると、子供用なのだろう、丁度胸の辺りにイェレキの上部がくる。


 シルカルはそれを見て一つ頷くと、今度はわたしが纏っているツスギエ布を手に取った。

 何をするのかと見ていると、彼は布の端を持ち上げ、ふわりとガッツポーズな飾りに掛ける。姿見もそうだったが、違和感のある装飾にはそれなりの意味があったのだ。

 軽く持ち上がったツスギエ布が、風に揺れてキラキラと光った。


 ……なお、布を掛けるシルカルの動作があまりに丁寧で、一瞬ドキリとしてしまったのは秘密である。


 見える範囲に、あの琥珀色の石はなかった。

 魔道具ではないのだろうか。神さまを呼び出せるのではと期待していたのだけれど。


 ガクリとしながら弦の並びに目を向ける。均等に張られた弦は真ん中にだけ隙間があり、左右に分かれていた。


「指の腹で、弦を撫でるように触れてみなさい」


 言われた通りに弦を触る。


 ピイィン、ピイィィン――。


 初めて聞く音色だ。ハンドベルの音に少しだけ似ている気がする。

 鈴のようで、それでいて滑らかな艶のある音。

 触れかたに気をつければ、良く伸びて、どこまでも響きそうだ。


 左手側が低音域で、右手側が高音域。どちらも真ん中にいくほど高くなっている。おそらく、半音ずつ。


 ……絶対音感がなくて良かった。これならば、何とかやれると思う。


 シルカルが自分の楽器を用意している間にも、音を出してみる。

 綺麗で、ずっと聞いていたくなるのだ。


 適当に和音らしき音を鳴らす。……ああ、良い響きだ。

 その響きをなぞるように。

 新しい旋律が、ふつふつと湧いて出てくる。



 ララー ラ ラララ ララー

 ラ ララ ララララー……



 まだ準備が終わらないのだろうか。

 そう思って、いつの間にか閉じていた目を開く。


 と、二人の驚いた表情が目に入る。ヒィリカはともかく、シルカルの無表情が崩れているところを初めて見た。勝手に弾いたのがまずかったのだろうか。


「……今のは何だ」


 こういうときは……。わたしは食事の時の会話を思い出して、それらしいことを言ってみる。


「イェレキの音がとても綺麗だったので、それに合わせてうたってみたのです」

「そういう意味ではない」


 ハァ、と息を吐くシルカル。


「今のは、何の曲だ?」


 何の曲かと言われても、ただの鼻歌だ。

 この楽器の音が綺麗だと思っているのは事実で、単にわたしの作曲欲が刺激されただけなのだから。

 わたしがその通りに伝えると、今度は二つの溜め息が重なる。


「……レイン。それはつまり、今この場で曲を作ったということですか?」

「そうですけれど……ただの鼻歌ですよ?」

「即興で、それもマカベの儀を終えていない子供が作曲するなど、聞いたことがない。確か……こうだったか」


 シルカルはそう言って、ピャラン、と和音を奏でる。オクターブ低いが、わたしがうたった鼻歌も、そのままなぞって。

 簡単な曲だが、イェレキの音の伸びも、声の張りも、わたしのそれとは段違いだ。ヒィリカ同様、彼も相当の腕を持っていることがわかる。


 ……うん。褒めてくれたのはわかったけれど、即興で作曲するよりも、その場で音を拾って演奏できることのほうがすごいと思います。

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