第13話 新しい生活と新しい楽器(3)

 うたいながらツスギエ布をひらひらさせると、ステージに立っている気分になる。正直、かなり楽しい。

 バンドをやっていた頃にステージ衣装を着たことはなかったが、あれば良いな、と思ったことはあったのだ。この服で映像を撮れば、さぞかし幻想的になることだろう。


「らーらららー、ららららー」


 ……なぜこんなにものんびりしているのかというと、昼食までの時間が暇だからである。


 ヒィリカたちは、時間がないと言う割に、慌てるそぶりをまったく見せないな、とは思っていた。

 が、それはわたしの勘違いだった。勘違いというより、認識が違ったのだ。


 何をするにも、たっぷりと時間をかけること。

 かと言って、もたもたするわけでもなく、流れるように行動すること。


 それが理想的なのだとヒィリカは言った。「美しさというものは、そうして作りだすものなのですよ」という、どこかで聞いたことがあるような台詞とともに。


 朝起きてから昼までは、身支度や、その日に行うことの準備をする。基本的には一人の時間だ。

 活動するのは昼から陽が沈むまで。一日にいくつも予定を入れることは滅多にないという。実際、わたしが一日にやらされることはとても少なかった。


 そう考えると、木立の者であるシルカルは勿論、ヒィリカにも仕事はあって、そこにわたしの教育を詰め込んでいるのだから、普段よりかなり慌ただしいのだろう。それを表に出さない余裕が、すごいと思う。


 けれども、一分一秒も無駄にはできないような社会に身を置いていたわたしとしては、どうしても気が急いてしまう。

 帰るための準備は何も進んでいないのに、ただ時間だけが過ぎていく……。


 あるいは、こうして丁寧に行動するというのは、とても良いことなのかもしれない。早く、早くと急いだところで、この世界を知らないわたしは、失敗してしまう可能性だってあるのだ。

 ……大丈夫。焦らずにいこう。ここには、一分一秒を気にするための時計も無いのだから。




 時間といえば、あの唸るような音の出どころがわかった。

 窓から見える、大きな木。あれが唸っている。


 到着した時は夜中で見えなかったが、ここが森の中心部だというのは本当で、ただ、この家より向こう側に生えている木には灯りがついていないだけだった。

 そしてすぐ奥。

 森の中心にはとても大きな岩があり、その上に、この家よりもずっと大きな木が生えている。わたしの部屋からでは、てっぺんが見えないくらいの。

 あの音は、確かにその木から聞こえていた。

 音源には近づかない、というわたしの決心は無駄に終わったわけだが、どういう仕組みか、音量注意ではなかったことが僥倖だ。



 ヴウゥゥ――。



 木が唸りはじめる。真昼だ。

 太陽に照らされているのでわかりにくいが、窓から見える木は赤や金に光っている。真夜中に見たときは不気味だったけれど、日暮れに見たそれは、とても綺麗だった。


 それからしばらくすると、扉の向こうから、チリンと細い鐘の音が聞こえてきた。昼食の用意ができたのだ。




 感想を言い合いながら、時間をかけて昼食を食べ終わる。いよいよ新しい楽器とのご対面だ。

 わくわくしながら席を立つと、ヒィリカにじっと顔を見られていることに気づく。


 ……あれ、顔ではない。顔の横……耳?


「穴を開けなければいけませんね」


 その言葉に、彼女の言わんとしていることがわかった。耳飾りだ。シルカルやナヒマまで着けていたので、珍しいなとは思っていたのだ。

 ピアスならわたしも――と思ったが、子供の身体になっているので穴も塞がっていた。……そんなことより、楽器はまだだろうか。


 わたしの心を読んだのか、シルカルがハァ、と息を吐く。


「楽器はその後だ」

「……はい」


 穴開けについて特に言うことはない。ヒィリカが部屋から針を持ってきて、それでぷすんとしておしまいだ。

 わたしは以前、左右に二つずつ開けていたが、痛みというより、耳に穴が開く感覚のほうが嫌いである。はじめて異物が耳たぶを通るときのあの感触。四回経験しても慣れることはなかったし、それは今回も同じだった。


 渡された耳飾りは小指の爪ほどの大きさで、これまた琥珀色の石が填まっている。


「これも魔道具ですか?」

「ええ。ですから、一度着けたら外してはいけませんよ」

「え……寝るときもですか?」

「寝るときもです」

「汚れませんか?」

「汚れないようになっています」


 一つひとつ答えてくれるので、優しくしてくれているのはわかる。わかるのだが、常識が違い過ぎて困惑しているわたしには気づいていないようだ。

 汚れない、というのも魔法なのだろうけれど、あと何度、同じようなやり取りをすることになるのだろう。途方もないように思えてきて、わたしはまたひとつ、溜め息を心に落とした。


 耳飾りを着けてから、シルカルの先導で階段を上る。子供部屋へ続く階段ではなく、窓の横から出ている階段だ。はじめて通る。

 片側がすべて窓になっていて、とても明るい。

 シャン、シャン。どんどん上っていく。そして――。


「わあ……!」


 そこには、屋上があった。

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