第30話 素直じゃなくても、可愛い⑬
怒りを覚えたとき、瞳に極寒のブリザードが吹き荒れるイリッツァとは対照的に、カルヴァンはその雪国の瞳に灼熱の炎を宿すらしい。マグマもかくや、と言わんばかりのその熱は、彼の魔法属性を思わせる苛烈さだ。
「な、なんでそれがそんなとこにっ…俺、ちゃんと仕舞ったはず――!」
「……ほう。つまりこれはお前の下着ということで間違いないんだな?」
ビクッ…とイリッツァの肩が跳ね上がる。イリッツァの基準で考えれば大胆にも程がある下着のデザインだ。それを自分の物だとうっかり漏らしてしまったことを知り、かぁあっと羞恥に頬が熱を持つ。
その反応は――端的に言えば、カルヴァンの怒りの火に油を注いだ。
ギンッと灰褐色の中の炎が一際苛烈さを増した――と思った途端、部屋にある明かりという明かりが、全て彼の感情に煽られるようにしてボッ!と小さな爆発に近い音を立ててその火を弾けさせる。
「お前―――!」
「わ、ちょ、待っ――落ち着けっっっ!!!」
ガシッと怒りに任せて手首を掴まれ、咄嗟にイリッツァは片手を翳して魔法を放つ。パァッと強い光が室内を焼いた。
カルヴァンは、ぐっと顔を不愉快そうにゆがませる。
「お、おおおお落ち着けっ…!魔力暴走させるとか、魔法覚えたてのガキかお前は…!か、火事にでもなったらどうすんだっ!」
魔力が制御を離れて暴走すると、周辺にある自分の属性の物質に影響が出る。魔法をうまく使えない子供たちは、属性の影響を受けない場所で己の魔力の制御方法を確立するまで練習をするのが常だ。一度魔力制御を覚えれば、二度と暴走など起きないのが普通だが――どうやら、今のカルヴァンは、その制御すら出来ぬほどの怒りに支配されているらしい。
部屋の中には、たくさんの明かり用の火が灯されている。水の魔法使いがいるわけでもないこの部屋で、それらが一気に燃え上がれば中にいる二人はひとたまりもないだろう。思わず、「絶対にやるな」と厳命されていた鎮静の魔法を強めにかけるくらいには、イリッツァもまた動揺していた。
「あぁそうだな…屋敷ごと丸焼きにされたくなけりゃ、さっさとわかりやすく説明してくれ――!」
カルヴァンの瞳から、怒りの炎は消えていない。見たことがない昏々としたその揺らめきは、イリッツァの肝をぞっと冷やした。
ギリリッ…と骨が軋む音が聞こえるくらいに握力を籠められ、イリッツァが痛みに眉を寄せる。
「ちょ、痛――」
「なぁ頼む。連日の睡眠不足と強行軍による疲労で、うまく頭が回ってないんだ。頼むから――明確に、わかりやすく、事態を説明してくれないか」
「っ――!」
ぐぐぐぐっ…とさらに力が込められ、イリッツァはわかりやすく息を詰めて痛みを堪えた。
「なぁ、ツィー。説明してくれ。一つずつ」
「ヴィ…ちょっ…ほ、本当に、痛っ――!」
「言わなきゃわからないか?なら聞いてやる。――こんな季節のこんな夜更けに、シャツ一枚だけひっかけただけの薄着なのはなんでだ?四日も予定を早めて帰って来た俺にあんなに戸惑いキスを必要以上に拒んだのはなんでだ?こんな時間に、寝室から聞こえた物音は何だ?明らかに誰かが窓から逃げた痕跡を見てほっとした顔を見せたのはなんでだ?ベッドにお前のものでも俺のものでもない髪が落ちてるのはなんでだ?そこから――まだ温もりが残るシーツの中から、男を誘うような下着が出てくるのは、なんでだって聞いてるんだ、ツィー!!!!」
バチッ ボボボッ!!!!
「痛っ――ままま待て、本っ当ちょっと落ち着け!!!シャレにならねぇ!!!!っ…なんで魔法効かねぇの、お前っ――!」
ギリギリと締め上げられる手首の痛みに耐えながら、コォッともう一度、今度はかなり強力に鎮静の魔法を重ね掛けする。世界でも最高峰と言って差し支えないはずの威力を持つはずのその魔法を受けながら、それでもなぜかカルヴァンの瞳からは炎が消えない。
「な、なんで――!」
「魔法は効いてる。効いてるに決まってるだろう。――魔法の効果でもなければ、こんな風に対話なんて出来ない。王都中を火の海に沈めてでも逃げた間男を殺しに行くか、この場で無理矢理お前を犯してる」
(こ、こんなん、対話って言わねぇだろ――!)
ミシミシと音を立てる腕にぞくりと背筋を震わせながら、必死にその手から逃れようと痛みに抵抗する。
「ご、誤解だっ…!!とにかく落ち着け、手ぇ放せっ…!ほ、骨っ…骨、ミシミシ言ってるから――」
「誤解?じゃぁこの下着は何て説明する?」
「いやだからホント、なんでそれがそこにあるのか俺にもわからな――」
「こんなの、お前は絶対自分じゃ買わないだろう。――間男の趣味か?ぁ゛あ゛!!!?」
ボンッと周囲で一斉に火の粉がはぜる音がして、イリッツァはぎゅっと一瞬瞳を閉じる。恐る恐る開いた視界の端に、はらはらと火の粉が舞っている恐怖に、頭から血の気が引いていく。
(え、ちょ、これ――ど、どどどうしたらいい――!?)
事実を話せばいいことはわかっているが、そうすればランディアがここにいたことを話す必要がある。彼が部屋から消えたことを思えば、カルヴァンと顔を合わせるのは外交上まずかったのだろう。
だが――ランディアの存在を伏せて、今目の前で瞳にマグマを湛えている男が納得するような説明が出来るとも、到底思えなかった。
「お前に限って、これだけはありえないと思って途中までは考えを否定してやっていたが――さすがに、こんなところから下着が出て来て、言い訳できると思うなよ――!」
「ちょっ、ほ、ほほほほ本当に誤解だ!!!!!ま、間男とか、そんなんいない!!!お前が思ってるようなことはない!!!信じろ!!!!」
「これだけ状況証拠が揃った上で、物的証拠まで出てきたのに、何を信じろって言うんだ!!!?」
「そっ――そ、それはっ…!」
「あぁ…なるほど、お前が文具屋で、俺がどんなに弁明しても全く信じなかった理由が今ならわかるな――これは確かに何を言われても信じられる気がしない――!」
「っ――――!」
(俺は今、あの時のお前の弁明がどれだけ難しかったのかが身に染みてわかってるよ馬鹿野郎――!)
出来ればこんな形で知りたくはなかったけれども。
「吐け…!糞みたいな間男は、どこのどいつだ――!?地の果てまで追いかけてぶっ殺してやる…っ!」
「ちがっ…ほ、本当に間男なんかじゃな――」
これ以上弁明など聴くつもりはない、と主張するように、さらに腕を締め上げられ――
「っ――ディ、ディーだっ…!」
心の中で神と友に心からの謝罪を捧げた後、イリッツァは追い詰められてその名を口にした。
「ほう――?」
ぴたっ…と一瞬、常に込められ続けていた握力の供給が止まる。――灰褐色の中にあるマグマは、もう一段深くなったようだったが。
「で、でもっ、違う!!!お前が思ってるようなことは一切ない!ディーは友達で――そんな関係じゃない!」
「髪が散るほどベッドの中で睦み合い、下着が脱げるような行為をしておいて、『友達』だと――!?」
「そ、そそそそそんな行為するわけねぇだろ!!!!!!!馬鹿かお前は!!!!!!」
かぁっと頬を灼熱に染め上げ、イリッツァは早口で弁明する。
ランディアには悪いが――こうなったら、もし外交上の問題があるのだとしても、カルヴァン真実を話した上で、公にはランディアはここにいなかったということにしてくれと頼み込むしかない。
そうでもしないと――屋敷が丸焼けになるのが早いか、怒りに暴れたカルヴァンが王都を火の海に変えるのが早いか、イリッツァの貞操が失われるのが早いか、の三択だ。
「ディーが来たのは昨夜で、『仕事』帰りだったって聞いたっ…!いつものやつだ、知ってるだろっ!?」
「――――」
「カルヴァンがいないなら泊まって行っていいか、って聞かれたから、承諾したっ…お前がいない間に人を入れると、お前は嫌がるかなと思ったけど、帰ってくるのは一週間後だって思ってたし、それまでに掃除とかちゃんとすれば、一晩くらいいいかって思ったっ…!」
「――それが真実だとして、何で男のアイツと同衾する羽目になる――!」
「お、おおおお男って言っても、あいつ、半分女みたいなもんだし!!!!」
我ながら苦しい主張だと思いながらも、必死に言い募る。――仕方がない。イリッツァにとっては、これだけが唯一無二の真実なのだから。
「急ぎで帰るわけじゃないって聞いたから、しっ…下着の、買い物に、付き合ってもらおうと、思って!おっ…おおおおお前が、ディーに付き合ってもらえって、言い出したんだろっ…!!!?」
「――――――」
「べ、ベッドから出てきたのは、ディーと一緒に買いに行った下着だっ…俺が買うわけないって、あ、ああああ当たり前だろ!そんな下着、自分で買うわけない!!!ディーに無理矢理買わされたんだっっ!!!リリカみたいな女に負けるなんてありえない、色気がない、これじゃカルヴァンに浮気されるのも仕方ない、って言われてっ――大胆な下着ばっかり買わされた!!!ホント、今も、これ着けなきゃいけないのかと思うと、死にたいくらい恥ずかしい!!!!」
「――――――」
「さ、さっきまで、ディーに、買ってきた下着の着け方教わってたんだっ…ちゃんとした着け方を教えながらディーがつけてくれた後、俺一人でも出来るように、って自分でつけさせられて――それを、ディーは、ベッドに転がりながら見てた!だから、ベッドが温かくて――でも、着けなかったはずの黒い下着がなんでそこにあったのかは、本当にわかんない!本当だ!信じてくれ!」
ぎゅっと眉根にこれ以上ないほど深い皺を刻んだままイリッツァを鋭く見据えるカルヴァンに、羞恥と情けなさで涙目になりながら訴える。
「――――――――待て」
「っ……な…何…?」
へにょ、とこれ以上なく眉が下がった表情で、低く轟く声に、震える声で問い返す。
カルヴァンは再びその瞳にゆっくりと昏い炎を宿した。
「仮にそれが事実だったとして――看過できない問題がある」
「な――なん、だよ…」
「お前――そいつに、肌を、見せたのか――?」
ゆらっ…と揺らめいた炎に、ハッと夏の出来事が蘇る。
慌ててイリッツァは両手をあげて早口で弁明をつづけた。
「まままま待て!あいつは、本当――男とか女とか、超越したところにいる存在というか!」
「お前の中で、だけだろう――!」
「いやいやいや、ディーも同じだ!お互い、男とか女とか超越したところにいるんだ!その――えぇと、本人の許可なくこういうことを暴露するのは気が引けるけど、あいつ、その、無性愛者らしいから、俺が男でも女でも関係ないというか――」
「そんなの、あいつが自分で言ってるだけだろう…!お前の着替え見ても、全く下半身興奮させてなかったって、お前確信持てるのか――!?」
「な――!」
あまりといえばあまりにあけすけな発言に、イリッツァは色を失い――友を侮辱されるような発言に、カッと怒りに顔を染める。
「そ、そんな――あいつは本当に、そんなんじゃねぇよ!お前、あいつと話したこともほとんどないだろ!!!よく知りもしないくせに、決め付けんな!」
バッと立ち上がり、興奮して言い募る。
「第一、そもそものあいつとの出会いは、王都の神殿だ!お世話係として紹介されて、完全に女の格好だったし、俺も女だと思ってたし――そのころから、着替えも風呂も当たり前に手伝ってもらってたから、今更肌がどうのこうのとか、そんなので恥ずかしいとかの次元の関係じゃない!」
「はぁああああ!!!!???風呂だと!!!!!?」
「当たり前だろ!!!聖女が自分一人で風呂に入るわけねぇ!!!!」
つられたように立ち上がって叫ぶように聞き返すカルヴァンに、イリッツァも怒気を顕わに開き直る。
「神殿でもそんな感じだったし、捕虜になってからは手足つながれてたから、なおのことだ!捕虜になっても、あいつは監視者だとかいいながら、俺を甲斐甲斐しく世話してくれたよ!毎日着替えさせて、風呂に入れてくれて、暖炉に火を入れてくれて、同じベッドでごろごろしながら話し相手になってくれた!」
「おま――――聞いてない!!!!!」
「そりゃ話してねぇからな!!!!!」
深夜ということも忘れて、お互いヒートアップする。ここまでの怒鳴り合いは、屋敷に初めてやって来た日の口喧嘩以来ではないだろうか。
「俺は、性別に関しては酷く複雑な自己認識を持ってる――男も女も、どっちも異性で、どっちも同性だと思ってるから、どっちの前で裸になるのもそれなりに抵抗がある…!でもディーは、仕事でどっちにでもなるから、男も女もどっちも異性でどっちも同性で――そういう意味で、今は、俺にとって"同性"に近い!だから、あいつの前だけでは、裸になるのも別に抵抗ない!」
はぁ、はぁ、と肩で息をしながら言い切るイリッツァを不機嫌そうにカルヴァンが目を眇めて見やる。鋭い眼光にぐっと一瞬詰まった後、イリッツァはゆっくりと口を開いた。
「あいつは――"同性"の友達だ。俺にとっても、あいつにとっても、同じだ。お前が疑ってるような出来事は一切なかったし、これからも絶対にない。もし何かの拍子にディーがとち狂ったとしても、俺は当たり前だけど抵抗するし、友情を裏切られたと激怒する。神に誓ったっていい。恋愛も性愛も――俺が男女の関係になってもいいって思うのは、人生でただ一人、お前だけだ」
「――――――…」
すぅ――…と、やっと灰褐色の瞳からゆっくりと昏い炎が消えていく。魔法の効果もあるのだろう。伏せられて一点を見つめるその表情は、一転して無表情に近しい冷静極まりないものへと様変わりした。
「お前は、今の話を、俺に信じろというのか?――俺の弁明は信じないくせに?」
「っ…!違う!」
ひやり、と冷たさすら感じる冷静な声音に、イリッツァは慌てて反論する。
「お前が、あのとき、キスしてなかったっていうのは、信じてる。――あの後、リリカに会ったんだ。リリカも、お前は誘惑に乗らなかったって言ってた」
「じゃあ、なんで、リアムに会いに行った?俺が浮気してないか、調べたかったんだろう」
「っ――そ、それは――」
ぐっと言葉に詰まったイリッツァは、気まずそうに瞼を伏せる。ゆっくりと上げられたカルヴァンの雪空の瞳が己の姿を捕らえるのを感じながら、我知らずこぶしを握り込んだ。
「自分はどこまで行っても聖女だ、とか言ったらしいな。――国益のために、俺との婚約を破棄して、あの胸糞悪い第五皇子と結婚でもしようと思ったのか?」
「っ……そ、んな…ことは…」
「それとも、独りで神殿にでも籠るのか。――十五年前の、罪とやらを償うために」
「――――っ…ち、が…違う…」
強力に掛けられた鎮静の魔法のせいか、カルヴァンの声は平坦に響く。表情も、眉ひとつ動かさないままに、先ほどまでの激昂など幻だったかのように淡々と言葉を紡いだ。
「違うのか。だとしたら、何を考えている?――どうせ、また、勝手に俺の手を離そうとしていることに変わりはないんだろう」
ひくり、と本当に微かにカルヴァンの眉が動く。尋常ではないほど厳重に掛けられた鎮静の魔法影響下で出来る、微かな――『不快』の表情。
ハッとイリッツァは瞳を見開き――ぐっと一つつばを飲み込んでから、息を吸い込んだ。
覚悟を決めて――伝えたかったことを、伝える。
「十五年前の罪は、既に贖ったと、お前が教えてくれた。だから、あの罪の償いとして神殿に籠って国家に尽くすことはしない」
「ほう」
「それに、一度――今生では、ちゃんとお前の手を握り返すと約束した。出来る限り、俺も、その約束を果たしたいとは思ってる」
「出来る限り――か…」
平坦な声に微かに苦みを混じらせ、呻くような声を出す。少しずつ、感情の起伏が出てきたようだ。二回目に掛けた鎮静の魔法は、効果に全振りした最大出力だったため、持続力が短い。少しずつ、効果が薄れてきているのかもしれない。
「だけど――今のままじゃ、俺は、お前と結婚は出来ない。神様の前で、永遠に一人だけを愛すると誓うのに、それを違えるようなことがあれば――神罰が、下る。それは、嫌だ」
「……?」
カルヴァンは、ゆっくりと眉根を寄せて怪訝な顔をした。瞳を伏せて、静かに頭の中でイリッツァの今まで言葉を反芻し――
「……あぁ。なるほど。要するに、俺は、全く信用されていないわけか」
「っ――…」
「今回はたまたま何もなかったとわかったが、これ以降、同じことがないとは言い切れない、と。そういうことだな?」
一瞬言葉に詰まった後、イリッツァは眉を下げて、うつむいた。
「お前の――"浮気"の基準が、わからねぇ…」
「――――…」
「俺が、お前に、しっかりと言葉で伝えたのは――『俺以外の人間を、俺以上に特別扱いしたらぶっ殺す』だ。…別に今も、お前に、愛されてないと思ってるわけじゃない。…なんで俺?っていうのは未だに思うけど、それでも、お前なりに、女としての俺を愛してくれてることは、わかってる。それは、信じてる」
「あぁ」
「でも…何だろうな。お前、愛なんてなくても、女の子と遊ぶの、全く罪悪感なんて持たなさそうだし」
「――――…まぁ。その点に関しては否定しない」
事実だ。愛だのなんだのは、カルヴァンの人生では、イリッツァを愛するようになるまで、無縁のものだった。イリッツァを愛したからと言って、未だに、イリッツァ以外の女性を尊重し、傷つけないように振舞うかと言われても、イエスとは言えない。やれと言われれば、愛などなくても女を抱くことなど、今でも可能だろう。そこに罪悪感など感じるはずもなかった。
「神様は、性愛に溺れることを禁じている。そりゃ、子孫繁栄のためには一定必要なことだから、聖職者以外の民にはそういうことを禁じたりはしてないけど――でも、性愛におぼれて、不特定多数の人と関係を持ったりするのは、一番やっちゃいけないことだって説かれてる」
「まぁ…そりゃ、そんなことは推奨されないだろうな。この国の宗教なら、なおのこと」
エルム教は、クルサールの政治指針にもなっているような宗教だ。その教えは、時折国家を収めていくうえでの組織論に近いものが説かれる。お家騒動に端を発する権力争いだったり、治安の悪化につながりかねない恵まれぬ子供だったりが頻発しそうな、トラブルの匂いしかしないその行いを、教典の中で推奨するはずもなかった。
「いつか言った気がするけど…お前に、俺たちの教義に殉じろと言ってるわけじゃないんだ。お前の感覚では、気持ちが伴ってない身体だけの関係は浮気じゃない、っていうなら、それを否定するつもりはない。――俺には逆立ちしたって理解できないし呆れるけど。…でも、教会で、エルム教の結婚式で誓いを立てるなら、そこでの発言には責任を持つ必要がある。――『婚約』期間中の今ならまだ、間に合う」
イリッツァはゆっくりと銀色の長い睫を上げ、カルヴァンを見上げた。
いつもより冷静な雪の空と、微かに揺れる冬の湖面が、静かに交わる。
「友達に、戻ろう。――――――リツィードと、カルヴァンの、関係に」
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