第五夜(恋人の日)
「おやお嬢様。本日はずいぶんとご機嫌のようで」
「ふふ、そうよ。だってあなた、今日がなんの日か知ってる?」
「さあ、存じ上げません」
「今日はね、恋人の日よ!」
「……はあ。左様ですか」
「気のない返事ね。まあ、いいわ。そんな特別な日にデートに誘ってくれるなんて、さすが早坂くんよね。女心をわかってる」
「お嬢様。女心がわかる男というものは、今までそれだけ浮き名を流していた証拠ですよ」
「あんたに早坂くんのなにがわかるのよ! 早坂くんはとっても誠実でスマートで紳士的で……」
「そういえば先日のデートで、早坂くんとはキスできたのですか?」
「…………」
「どうやら早坂くんにとってお嬢様は、キスを交わすような相手ではないと」
「ち、違うわ! 早坂くんはね、わたしを大事にしてくれてるのよ。だからキスどころか手を繋ぐことにも慎重で……」
「え? 手も繋いでないのでございますか?」
「あーっ、もう! あんたは黙っててよ! せっかく楽しい気分で出かけるところだったのに台なし」
「それはたいへん失礼しました。わたくしはお嬢様の心の平穏を思いまして」
「あんたが口を挟まなきゃ平穏だったっつーの! ってか、わたしと早坂くんの関係なんて、あんたはどうでもいいはずでしょ。あんたはわたしの執事なんだから」
「ところがそうもいかないのですよ、お嬢様」
「なに? 小さくて聞こえない。もっとはっきりしゃべんなさいよ」
「なんでもございませんとも」
「はあ、あんたのせいで水を差されちゃったわ。罰として、今日の夕食にはわたしの好物だけをそろえなさい」
「かしこまりました。……そういえばお嬢様、以前から気になっていたのですが」
「なに?」
「お嬢様と早坂くんは一体どちらでデートをなさっているのですか? いつもお嬢様は昼すぎにお出かけになられて、夕食前に戻られていらっしゃいますが」
「どこって……。カフェとか?」
「とか? あとは?」
「スイーツ店、かな」
「……ちなみにお嬢様。お嬢様はいつもどのようにして早坂くんとデートの約束を取りつけていらっしゃるのでしょう?」
「普通に向こうから来るわよ。新しいお店がオープンしたから付き合ってとか、無性にあの店のパンケーキが食べたくてとか」
「お嬢様、それは……」
「あ、もうこんな時間じゃない! 今日のお店はSNSで超話題で、予約取るのたいへんだったんだから。パパのコネ使って、どうにか今日ねじ込んでもらったのよ。早坂くんきっと喜ぶわぁ」
「……左様で。それはよろしゅうございましたね」
「あんたなにか言おうとしてた?」
「いえ、結構です。お嬢様の幸せが、わたくしの幸せですから」
「あら、たまにはいい執事らしいことを言うじゃない。仕える主人が幸せなんて、あんたはほんっとに幸せ者ね」
「はは。おっしゃる通りで」
「じゃあ幸せな主人のために、夕食の準備はよろしくね。いってきまーす」
「いってらっしゃいませ。……本当に幸せですよ、あなたの頭の中は」
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