第48話 出された答え

レイアの元を訪れた翌日、彼女は歩ける程度には回復していた。






 そして、俺も覚悟を決める。今日の夜、四人で話がしたいので時間を作って欲しいことを順番に伝えていった。






 全員が承諾し、夜を待つ。






 俺はじっとしていられず体を動かし続ける。






 みんなは受け入れてくれるはずだ。大丈夫。


 だが、もし拒絶されたら?いや、そんなはずは無い。






 考えは堂々巡りだ。失うことは怖い。そして、大事なものに拒絶されるのはもっと怖い。






 以前のように一人には戻れない。それを想像するだけで足が竦んだ。暗闇の中で一人取り残される自分がイメージされる。






 弱気を振り払うように俺は体を動かし続けた。










◆◆◆










 そして、ついに夜になった。




 流石に兵達に聞かれるわけには行かない話なので、三人を乗せると船を操り以前の平原に向かう。






 大地に降り立つ、全員が船を降りると俺が話し出すのを待つように沈黙が流れる。








 地面に目線を落としながら話をしようとするが声が出ない。




 口を開く、言葉が出ず閉じる。それを繰り返していると突然背中に強い衝撃が訪れる。








 後ろを振り返ると無言でフェアリスがこちらを見つめていた。




 そして、今度は手に温かさを感じる。手の先を見るとそこにはサクラの手があった。




 その奥にはレイアが静かにたたずみこちらに視線を送っている。








 それぞれ態度は違う。だけどみんな揃ってその目は優しげだった。




 俺は、意を決するとポツポツと話始めた。












「俺、本当は勇者じゃないんだ。最初の四天王と戦ってた時、あの時に入れ替わった偽物なんだよ。ただ、同じ顔に化けていただけなんだ」






 そして、ドッペルゲンガーの姿を取った後、前世の冴えないおっさんの姿に体を変える。






「異世界から来たのは勇者と変わらない。だけど、俺は彼とは違って元はただの冴えないおっさんなんだ。それと、魔王との戦いに勝つために今は神様もどきみたいな体になっている。人間じゃない、化け物なんだよ。これが勇者を名乗ってるなんて笑っちゃうだろ?」






 自虐するように笑う。笑みが作れているかは分からないが。






「魔王が言っていた。最初の勇者の願いで、それ以降の勇者は前の世界で大きな繋がりを持たないやつが呼ばれているらしい。俺は勇者じゃない。でもそこは同じだ、何も持っていないんだ。空っぽの人間なんだよ」






 俺の人生は空っぽだった。人より優れたことなんてない。大切な人なんて尚更だ。




 ただ、起きて、仕事に行って、食べて、寝る。そんな毎日の繰り返しだった。






「だから、俺は、勇者なんて呼ばれるような素晴らしい存在じゃないんだ。でも、言い出せなかった。


 仮初の姿であったとしても、勇者という肩書が俺をみんなと会わせてくれたから。今まで俺が持っていないような大事なものを持たせてくれたから」






 勇者は最初から認められ、敬われていた。そんな立場は皆と仲良くなるのにとても便利で、ズルをしているような気分だった。


 それでも俺はそれを言い出せない。欲しかったものがその手に入ると分かってしまったから。






「みんなを騙したかったわけじゃないんだ。でも、結果的に騙してしまった。もし許せないならそう言ってくれ。アオイとカエデに話しはしなくちゃいけないがその後でいいなら俺は姿を消してもいい。もう勇者がいなくても大丈夫な世界になったんだし」




 


 言葉を発するうちに心が弱くなっていく。最初の勢いはだんだんと失われていき、彼女たちの目を見るのを避けるように再び下を向いた。






「それだけ言いたかったんだ。これまでごめん、そして、ありがとう」








 そこまで言い切ると俺は黙った。そして、誰もしゃべらず虫の声だけが聞こえる時間がしばらく流れた。




 突如、聞こえるため息。






『本当に、あんたは(貴方は)「バカね」、「仕方のない人ですね」、「不思議な人だ」』








 そして、彼女たちは息をそろえたようなタイミングで異なる言葉を俺に投げかけた。




 顔を見合わせる三人、そして、みんなが笑い出した。




 ひとしきり笑うと、それぞれに言いたいことがあるようだ。




 そして、目線で意志を伝えあうと、順番に声をかけてきた。










 最初にフェアリスが、








「戦いの前に言ったでしょ。あんたが別人だったとしてもかまわないって。私はあんたがあんただから共に歩いてみようかと思ったの。これまで?これからもの間違いでしょ。二度とそんな馬鹿なことは言わないで」










 次に、サクラが、








「戦いの前に言ったはずです。貴方が別人でもかまわないと。私は、貴方だからこそ力になってあげたいと思ったんです。だから、もっと頼ってください。どうか、これからもよろしくお願いしますね」










 最後にレイアが、








「私は、戦いの前に言った。別人でもかまわないと。私は、貴方のおかげでいろいろなことを知れた。笑顔の作り方を学んだ。だから、そんな顔をしないで欲しい。これからは私が貴方を笑顔にしてみせるから」




 






 彼女達の言葉に俺は返事を口にできない。




 だが、それはさきほどまでとは違い、温かい気持ちが胸に溢れすぎていたからだった。






 情けなく嗚咽が流れる。




 人工的な明かりの無いこの世界の夜は暗く、月明かりだけの淡い光しかない。




 泣き顔をはっきりと見られないのだけが唯一の救いだった。










◆◆◆








 彼女たちは俺が泣き止むまでずっと待っていてくれた。ようやく言葉を発せられるようになってきたので、これだけは伝える。






「サクラ、レイア、フェアリス。みんな……ありがとう。本当に。


 俺は、これからも勇者として頑張っていくよ。よろしくな」






 しかし、彼女たちは再び顔を見合わせると首を振った。




 どういうことだろう?話の流れがかみ合わない。何か間違えたのだろうか。








 少し、催促するような雰囲気が流れるが、こっちは何をしていいかわからない。




 そうしていると、フェアリスが痺れを切らしたように怒りながら口を開いた。






「違うでしょうが!私達の関係はもうそうじゃない。だから、その、あれよ。あーもう、わかんないわけ!?」




 その光景を見てサクラが笑いながら助けの手を入れてくれる。






「私達に教えてください。貴方の本当の名前を」






 その言葉に俺は息を呑む。前に聞いた。




 勇者は勇者、それは象徴であり、個人の名前は重要ではないそうだ。代々の勇者も名前は残っておらず、ただ勇者という記録だけが残っているという。








 でも、俺は勇者じゃないことを打ち明けた。だからだろう。彼女たちは名を求めている。






 再び声が出せなくなる前に俺は伝えることにする。




 この世界で初めて名乗るその名を、思いっきり。








「俺は、平(たいら) 和人(かずと)!!勇者なんかじゃない、ただのはタイラ カズトだ!!!」

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