第39話 奇跡の代償
体が重い。目を開けるのも億劫だ。
だが、意識が浮上していくのが分かる。俺は何をしていたんだっけ…………。
魔王との戦いのさ中であることが思い出され、その瞬間、目を勢いよく開いた。
体が靄のかかったように真っ黒だ。これは、元の体に戻っているのか?
それに、ここはどこだ?
『勇者よ。いや、異世界の民よ、目覚めたか』
ふと声が響き、そちらを見る。そこには五つの人影のようなものが存在していた。
「誰だ?そして、ここはどこだ?」
『我々はお前たちが神と呼ぶものだよ。そして、ここは神の世界だ』
ここが、神の世界。魔王は言っていた、聖の神と融合すると。この世界への移動はその前段階なのかもしれない。
あれから、どれほど時間が経ったのだろう。残された時間が全く分からず焦る。
『安心しろ。こちらの世界の時間は極めて緩やかだ。私がお前に置き換わるまでは呼び出されんだろう』
心がある程度読めるのだろうか。何も口にしていないのに回答が来る。
それに、体を見ると少しずつ輪郭がはっきりして生きているようにも感じる。
「あんたが聖の神か?」
『いかにも』
「あんたと融合すれば魔王を倒せると思うか?」
『難しいだろう。この世界の子たる魔王と異世界の異物たる勇者それぞれが神と融合すればどちらが力を発揮できるかは明らかだ』
「あいつは、魔王はあんたらの子らを全て滅ぼすと言ってた。何とかできないのか?」
五つの影を見渡すようにして話しかける。
『それも無理だな。我々が世界に子を成すのはな、自らの意志で力を振るうことができないからだ。求められれば力は貸せる、だが、こちらから直接干渉することはできない。
お前の世界も神が直接力を見せることは無かったのではないのか?神にも神のルールがあるのだ』
確かに女神さまとやらも願いを聞いたら送るだけ送ってそれっきりだ。
神とやらも結局ルールに縛られてしまうらしい。あのお役所仕事っぷりはそこが原因なのだろうか。
「なら、あんたらがもう一度一つになって俺に力を貸してくれればいい。元はひとつならできるだろ?」
『それも無理だな。元の一つの体の頃ならまだしも、それぞれの力だけで同格の存在と融合するほどの力は今の我々には無い。それこそ、何かの外部の力がいる。それに、長い間この姿でいたからな。多少の力ではその姿を保てんだろう』
「なら、俺が魔法でやればいいだろう?それならどうだ」
『聖剣が引き出せるのは聖の力のみ。それに、今のお前は聖剣を呼び出せないだろう?
いや、そもそもここには実体は来れない。むしろ、しゃべれるはずも無く、ただ意識のみで漂うことしかできないはずなのだが』
『お主の実際の姿は実体を持たぬようだな。むしろその質は魔力に近いのだろう。
本当は魔力やエネルギー、願いといった物質でないものしか通れないはずなのだ』
聖剣を念じてみても手元に来ることは無かった。いやむしろ、既に勇者ですらない。
自分のこの世界での姿は元のドッペルゲンガーなのだから。
だが、実体を持たないが故にここにこれたのだろうか。それでもこの体の魔力はそれほど多くないはずだ、神が融合するだけの代償が払えると思えない。
『諦めるのだ。異世界の民よ。子らと共に我々も滅びる運命なのだ』
諦める?そんなことはできない。
他にできることは無いか?最後まで抜け道を探すんだ。
聖剣は無い、仲間もいない。身一つで何ができる?
『お前の生命を全て費やしても代償には届かん』
「うるさい!!少し黙っててくれ」
代償?いや、なぜ魔力の代わりが出来るんだ。
「待て!代償とは魔力と命以外の何が代償になるんだ?」
『そうだな……神にとって価値のあるものであればよいことになっている。今までそんなものを魔力や生命力といったエネルギー以外で払えた試しはないが』
神にとって価値のあるもの。この身一つでできることか。
うまくいくかは分からない。でも、あがいて見せる。
「なあ、一つ確かめたいことがある。代償は先払いか?後払いか?」
『考えがうまく読めんな?まあいい、魔法とは願いを聞いてからその代償の大きさを決めるものだ。故に、後払いといってもいいだろう』
そうか、ならもしかしたらいけるかもしれない。
神達に己の考えを説明する。
◆
『…………それは、できないわけでは無い。だが、それほど長い時間は無理だろう』
「いいさ、それで。目にできるだけの時間があればいい」
『わかった。いいだろう』
「アルムド、ガルムド、ザァルムド、ファルムド、シャーレイ」
神の名を呼ぶ。
≪『汝、何を願う?』≫
「五つの神の一時的な融合」
≪『汝、その奇跡の代償に何を支払う?』≫
「世界の命、神の命を含め全て守る」
≪『良いだろう。神々のルールに則り、ここに契約は為された』≫
強い輝きが放たれる。そして、目の前にはこれが元の姿なのだろう。
かつて存在したというたった一人の神が存在した。姿は小さく、人型程度の存在だが、先ほどまでとは格が違うことが存在感だけで分かる。
人間を子だと言っていた。つまり、その元となった姿も人間に近いのが普通だ。
そして、俺はそれを視界に入れると、変身したいと念じる。
黒い靄のかかった体が変化し、光りながら人の体を形作っていく。
≪『異世界の民よ。我々が言えたことではないが、子らを頼む』≫
「ああ。今までは聞いてもらうだけだったからな。
願いは聞いた。次はこっちが叶えるさ。それに、俺も同じ想いだからな」
魔王はこちらとあちらの世界を繋げていた。神のルールに縛られない存在となればそれが可能なのだろう。
俺は守るために帰る。あの世界へ。そして、勝つんだ絶対に。
体が引っ張られる。そして、どこかへ流れていくような感覚とともに視界が変わった。
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