第20話 不幸への慣れ

屋根から跳び降りる。 


 風圧による着地の減速はだいぶ慣れてきたな。




 院長に終了の報告に行こうと振り返ると、ポカンとした表情の子供たちがいた。


 どうやらボール遊びをしていたらしい。


 誰も受け取らなかったボールがこちらへ転がってくる。






「はい。ボール返すぞ?」




 拾って一番近くにいた子の手にボールを持たせると、その表情がキラキラした笑顔に変わっていった。


 なんだ?と思っていると子供たち全員が同じ顔で取り囲みだした。




『「すげー!お兄さん、いま空飛んでたよね!!どうやったの!?」』




「あーあれか。あれは魔法の応用みたいなもんだな」




『「魔法すげー!!もう一回やってよ!!」』




 なんでも凄いという年頃なんだろう。


 男の子には誰にでもあるやつか、とジャンプと着地を披露する。




『「本当にすげー!僕たちも飛びたい!!」』




「後でならいいぞ。院長にちょっと話があるんだ」




『「本当!?やったー!!はやくはやく!!案内するから」』




 服が伸びるほどの力で引っ張られ、思わず苦笑する。




「はいはいわかったわかった。だけど伸びるから服は引っ張るな」








 院長の部屋に着くとノックをして入室する。


 子供たちは待ちきれ無さそうに外で落ち着きなく待っている。




「院長さん。屋根の修理終わりました」




「もうですか?かなり劣化していたと思うのですが」




「劣化した個所はたくさんありましたが、とりあえず全部板で塞いどいたんでしばらくは大丈夫だと思いますよ。まあ、可能なら完全に張り替えれた方がいいんですが」




「全部ですか?木材はあまり手配できなかったのですが」




「王都の東の森から拝借してきたんで大丈夫です。余った奴はここに来る途中で工具のあった部屋に置いてきたんで良かったら使ってください。」




「何から何までありがとうございます。普通なら一日で全てやれることではないと思いますが、さすがは勇者様というところですな」




「また、何か体張るような仕事があればサクラづてでもいいんで呼んでください。


 あー遠慮は本当にいいですから。戦争行ってないときは給料泥棒みたいなもんなんで」




「そうとは思えませんが……。わかりました。何かあればまたお願いいたします」




「ええ、どぶ攫いとかでもいいんで気軽に呼んでください。


 じゃあ、ちょっと子供達と遊ぶ約束をしているので失礼しますね」




「勇者様の時間の許す限りで構いませんので。帰るときは強引にでもお帰りください。


 子供の遊びに付き合っているといくら時間があっても足りませんので。」




 院長はちょっと茶目っ気な表情で言ってくる。




「そうですね。ほどほどに付き合うようにします。それでは。」




 外に出ると子供たちが獲物を狙うような目でこちらを見てくる。


 そして、また服を引っ張ると外に向かって歩き出した。




「おい。だから服は引っ張るなって!」













 子供を抱えてはジャンプを繰り返す。


 ただし、他の子供達も集まってきているのか列がどんどん延びているような気がする。




 途中から二人抱えてジャンプし、効率を上げるが終わった子がまた最後尾に並びだす。






 そして、夕方になるころ。夕飯なのか子供たちが呼ばれ、ようやく俺は解放された。


 もうクタクタだ。何もしたくない。


 まあ、魔法による離着陸補助で緻密な制御ができるようになったことだけは感謝しておこう。






 そういえばアインは?と思って周りを見渡す。


 すると、女の子たちのおままごとに付き合わされたのか、その辺に生えてる花やらリボンのように結ばれた布やらで装飾されて俺と同じような疲れた表情をしている。




 そうしているとどこかで見ていたのか院長が近づいてきた。




「勇者様。本当にありがとうございました。子供たちは大変喜んで、夕食の配膳中もその話をずっとおりました」




「喜んでもらえたなら疲れた甲斐がありましたよ」




「そう言って頂けて私も助かります」




「また、近くによることがあるようなら俺も寄るようにします


 でも、子供たちは獣人の子を差別していないようで安心しました」




「そうですな。大人が決めたルールに子供が巻き込まれる必要ない。


 いつか従わなければいけな日がくるとしても、どうか、この孤児院で育った仲間に対しては、いつまでも家族のように接して欲しいものです」




 村長が遠い目でそう呟く。綺麗ごとだけでは済まないだろう。それでも、この人が本当に子供たちを大事にしているのが伝わってくる。




「いけませんな。老人はすぐに湿っぽくなってしまって。」




「いえ。院長さんのような人がいるから、彼ら、彼女らはあれだけ笑えるんでしょう。


 俺もできる限り協力させて頂きますよ。


 それじゃあ、遅くなってもいけませんし、ここらへんで」




「はい。お気をつけて」




 暗くなってしまった道をアインを連れて歩く。




「お前も孤児にしちゃったみたいなもんだよな。


 あれは必要だった。謝るつもりは無い。だけど、責任は感じてるんだ。


 安心してくれ、俺はお前が嫌ってなるまでちゃんと面倒見るよ。約束だ」




 アインの頭を撫でながらそう呟く。


 当然、返事は無い。だが、ひときわ強い意志で見つめてくると俺の顔を舐めた。




「やめろ。くすぐったいって。よし!飯をたらふく食いに屋敷に帰るか」




 その言葉に嬉しそうに尻尾が揺れ出す。


 全てを救えるなんて口が裂けても言えない。孤児たちもそうだ。


 でも、俺の手で抱えたものだけは何があったも絶対守る。そう心に誓った。















 それから、アインの散歩がてらに孤児院によることが増えた。




 サクラに孤児院に行くと最初に話したときは、一瞬探るような目をしたように見えたが、あれは何だったんだろうか。


 それは素晴らしいことです。と同意してくれたから特に問題は無いと思うけど。




 まあいいやと気持ちを切り替えつつ、孤児院に向かう。




 最近来た時のルーティンとなっている貯水用の樽への補水を魔法で行うと子供達と遊んだ。


 全員対俺の鬼ごっこの後、小休憩をしていると子供が話しかけてきた。 




「そういえば勇者様知ってる?来月の始めにお祭りがあるんだって。」




「そうなのか?なんの祭り?」




「神様の誕生日って聞いた。いっぱい屋台が出て、いっぱい人が来るんだって」




「なるほどな。お前たちも行くのか?」




「ううん。お守する人が足りないからダメって言われたの。それにお祭りはお金持ってないと何もできないんだって。僕たちお金ないから余計ダメなの」




 確かに、ここの従業員だけでは到底足りないだろう。


 それにただでさえ予算の足りないこの孤児院で全員にお小遣いをあげる余裕は到底ないだろう。




「そっか。そりゃ残念だったな」




「ううん。その日は家の中でパーティしてくれるって言ってたからいいの」




 少し名残惜しそうな顔をしながらも笑顔を作って子供は言う。


 本当はお祭りに行きたいだろう。でも、この子たちは慣れている。


 我慢するということに。




 何とかしてあげられないものかとは思うが、両案は思いつかない。


 お金の問題は最悪解決できないことも無いかもしれない。




 ただ、人ごみの中で子供を見ていようとしたら一人ずつに大人がつかなきゃ無理だ。


 王都は治安はいいとはいえ、前世の日本に比べると明らかに犯罪に会う可能性が高い。


 その人員を確保するのは正直難しい。




 無理な可能性が高いが、一度孤児院の事情も把握してるサクラに話を聞いてみるかと頭の中のメモに書き入れた。

















 翌日。たまたまサクラが屋敷に来ていたので相談するが、やはり難しいようだった。




「そうですね。孤児一人ずつに人をつけることは必須条件だと思います。


 神の誕生した日を祝う生誕祭はこの国最大のイベントで、多くの人でにぎわいます。


 子供はただでさえ好奇心が高いので、グループ単位で行動させるにしても、はぐれる可能性は低くは無いでしょう」




「そうだよなー。限られたスペースだけならいいんだけど聞いてると街全体でやるんだろ?俺が探知できるのも限界がある。その広さじゃ無理だ。」




「そうでしょうね。まあ、力技で貸切るという手が無いわけでは無いのですが……」




 困ったような、探るような目線でこちらを見てくるが、さすがにその案がまずいのはわかる。




「さすがにやらないよ。俺とかレイアなら権力でできるってことだろ?街の人もたくさん楽しみにしてるんだ。その人たちの気持ちを踏みにじってまでやりたいわけじゃない」




「……そうですね。そうおっしゃっていただけると思っていました。」




「まあ、行けたらいいなってくらいだったから諦めるよ」




「残念ですが仕方ないですね。」




「そういえばサクラは祭りに参加するのか?」




「いえ。私は……いえ、私とカエデは参加しない方がいいでしょう。祭りに参加したい気持ちはあります。ですが、過去に一度だけ参加しましたが、普段以上のトラブルを誘い込むのが経験上わかってますので」




「なるほど、獣人ってのはほんとに肩身が狭いな」




「いいえ。私どもも慣れておりますから」




 本当に世知辛い。したいことができない。差別問題ってやつは本当に嫌いだ。


 だが、全員が獣人を嫌うわけじゃない。当然中には友好的な人もいる。


 一部の人だけってところが本当にままならんな




 やはり、良い案は出なかった。勇者っといっても全てが救えるわけでは無い。


 何度目も沸き上がるその虚しさに慣れていくのが嫌だった。

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