第19話 奥の細道
あれから多くの剣闘士の戦いを見たが、やはりあの二刀使いの動きが最も参考になった。
そして、月単位の対戦表を貰うと二刀使いが出る試合を観覧、そして動きを反復というのを繰り返していた。
あの日から十日ほど経った。だいぶ体の動かし方が分かってきた気がする。
改めて考えると剣だけに囚われる必要は無かったんだ。
剣だけじゃなく体も使う。そして、動きを止めずに、流れに身を任せる。
攻撃、頭の中で仮想敵として銀狼をイメージしつつ剣を振る。
剣を右手で横薙ぎに払う。相手は姿勢を屈めて回避した。
横薙ぎを止めずそのまま回転し向きを変えると肘を曲げつつ肩によるタックル。
相手は紙一重で後方に飛びずさる。それを追撃するため、曲げた肘を伸ばして剣を投擲、突きさす。
防御、再度頭の中で敵として銀狼をイメージしつつ剣を振る。
上半身への相手の突進。体を大きく反らし、倒れこみつつ攻撃を回避。そしてその仰向きになるような体を手で支えつつ、足を跳ね上げるようにして腹を蹴り上げる。
空中にいる間に追撃して倒す。
多数のパターンを想定し、相手の動きに対してどうするかの対応を考えていく。
そして、聖剣をいったん消すと自然魔法を順番に使用していく。
レイアは言っていた。自然属性をわざわざ使う必要は無いと。
確かにそうだろう。でもそれは攻撃手段として考えたときの話だ。
ただの攻撃手段だと思ってた。だからこそ威力のある魔法を身体強化と併用するのは難しいとレイアと同じように俺も思っていた。
聖属性のが強いならそれを使えばいいと。
でも、道の動きを練習するうちに気づいた。
剣だけじゃなく体も使う。それなら魔法は?と。
魔法の基本はイメージだ。そして、そのイメージに沿って神がそれを生み出す。
だからこそ、この世の理を完全に外れている。
そりゃそうだ。例えば体に大きな傷を負う。もともと体にも修復機能はある。
けど、跡も残さず元通りなんてそこまでの機能は体には無い。
大きな傷であればあるほど跡も残る。
対して、回復魔法は違う。体を治すといってもそれは時間を戻すように完璧だ。
本人すらもどこを怪我したかわからないくらいだろう。
そして、それを理解したとき世界が広がった。
足を踏み込む時、土の地面、入れる力によっては石畳すらも陥没するからその分速度は衰える。
でも、地面を硬質化させれば?土には限界があるだろう。
俺は知っている。土より硬い物質があるということを。
身体強化をしながら、大きな土の塊を構築するのは俺には無理だ。
ただ、硬い地面を足で踏みしめる。
体の動きの延長線にあるそれくらいならばイメージできる。
移動の時、身体能力の上限以上に速度を出すのは無理だ。
でも、それに加えて後ろから体を押せれば?俺は速い。仲間に押してもらうのは無理だろう。
俺は知っている。人が飛ばされてしまうような風もあるということを。
身体強化をしながら、鋭い風刃を瞬時に構築するのは俺には無理だ。
ただ、後ろから強い力で押し出してもらう。
体の動きの延長線にあるそれくらいならばイメージできる。
かなり集中していたようだ。気づくと凄い量の汗をかいていた。
そして、同時に腹も鳴る。
湯あみをして体をサッパリさせると、軽い朝食を貰い。いつものように外に繰り出そうとする。
すると後ろから服を引っ張られた。
なんだと思い振り返るとアインが寂しそうな目でこちらを見つめていた。
「あー。そうか、お前にぜんぜん構ってなかったよな。散歩でも行くか」
そう言うと嬉しそうに尻尾を振り出した。
しかし、こいつ最初は膝くらいまでしか背丈が無かったのに、今ではもう腹のあたりまで大きくなってる。流石に成長し過ぎだろう。
戦った銀狼の生体が馬くらいのサイズだったことを考えるとまだ大きくなりそうだなと食料の消費が少し心配になった。
アインを連れ立って街を歩く、いろいろなものを買いつつ歩いていると、だいぶ顔なじみが増えたようで、たくさんの街の人に声をかけられていく。
最初は勇者に遠慮していた人も、金払いがいいからか今ではどんどん売り込みをかけてくるようになっていた。
「なかなか、この街も知り合いが増えてきたな。屋台のおっちゃんとか肉屋のオバさんはお前がよく食べるからかなりの上客になってるしな」
そう言いながらアインの頭を撫でると嬉しそうな鳴き声を出して、すり寄ってきた。
この街にもけっこー慣れてきたな。
流石に全部の場所を網羅したわけじゃないけど。
ぶらぶらと道を歩く。ふと知らない道を歩いていることに気づいた。
裏通りに入り込んだらしい。
この道は初めてだ、どこだ?
そう考えていると。ふと、遠くから子供の声がたくさんすることに気づく。
なんだ?行ってみるか。
裏通りを進んでいく。だんだんと道が狭くなるが、そこまで苦労する狭さではない。
すると、目の前にこじんまりした建物が姿を現す。子供たちの声はここから響いているようだった。
看板が立てかけてある。どうやら孤児院のようだ。
「どなたですかな?」
杖をついた老人が顔を出すと尋ねてきた。
「初めまして。未熟ながら勇者を務めさせて頂いている者です」
変な挨拶だな。とは思いつつ他に言いようもないのでそう伝えた。
「おお。貴方が勇者様ですか。お初にお目にかかります。この孤児院を任されております院長のパブロと申します
しかし、勇者様にも来て頂けたとなると他のお二方もいらっしゃるかもしれませんな。
これは大変誇らしいことです。ほっほっほっほ」
ん?勇者様にも?
「他にも来ている仲間がいるのですか?」
「おや?お仲間のサクラ様から聞かれたのではなかったので?つい勘違いをしてしまいました」
サクラが来てるのか。全然知らなかった。
あいつはよく屋敷にも来て姉妹の様子を見ていくし子供が好きなのかもしれないな。
「よく来るんですか?」
「外に出られてることも多いので頻繁にというわけではありませんが、近くにいらっしゃった時にはお寄りになられますね。
この孤児院にはサクラ様が連れていらっしゃった獣人の孤児もたくさんおりますから」
獣人の孤児か……。獣人はただでさえその社会的地位が低いと言っていたし、孤児ともなるとそれ以上だろうな。
「獣人の孤児は多いんですか?」
「そうですな。そもそも親が余裕が無いことが多い。
ですが、奴隷商に売り払われるというよりも泣く泣く協会の前に置いていくということが多いようです。そして、サクラ様にその情報が行き、引き取ってはここへ連れてくるようです。
そのため、この孤児院には定期的に寄付を送って下さいます」
「そうなのですね……。俺にも何か手伝えることはありませんか?」
今はそれほどお金を持っていないし、今度持ってくるか。
ただし、渡し過ぎもあまりよくないだろう。サクラに相談してからだな。
「いえ。勇者様にわざわざやっていただくようなことは……」
「なんでもいいですよ。何なら屋根の修繕とかでもいいですし」
「……そうですな。では、施設の修繕を一部お願いしてもよろしいでしょうか?」
「任せてください。ただ、力があるだけの素人仕事になるのは許してくださいね」
「ええ。それでかまいません。元々私ども素人が継ぎ接ぎのようにやってきた仕事ですから」
とりあえず工具を借りに施設の中に向かう。アインもついてくるが正直できることは無さそうだ。テキトーにそこらへんで待っているように伝える。
本人も何かしたいようだが、俺が持つ工具を見て手伝えないと思ったのかうなだれていた。
「よし、いっちょやるか!」
とりあえず、道具を持って屋根に跳び上がる。
下から風で押されるようなイメージをして軽やかに着地すると亀裂や穴だらけの屋根が見えた。
「これはひどいな。一通り直すとしたら全く板が足りなさそうだ」
あまり材料を買うお金も無いようでそれほど補修材があるわけでもない。
どうしようか。
そして、少し考えると、道具をいったん屋根の上に置き、レイアの屋敷に戻った。
「木材を取れるところが知りたい?」
「ああ。レイアなら知ってるかなと思って。」
「そうだな。王都の東に森林地帯がある。そこはかなり深い森になっていて王都民の共同所有になっているから特に伐採しても問題なかろう。」
「ありがとう!」
聞くや否やすぐに走り出す。そして、門に向かった。
検問の兵は勇者であると分かると素通りさせてくれたので東にひた走る。
すると、すぐに大きな森が見えてきた。
「めちゃくちゃ広いな。まあ、これならいくらでも切ってよさそうだな」
聖剣を手元に呼び出すと木を切り倒す。
そして、板状になるように切り刻んでいく
鍛錬の成果か以前と比べ格段に剣筋のコントロールができるようになっている。
それに聖剣は強力で、抵抗なく滑らかに切れるので断面を整える必要もないほどだ。
ある程度木材を確保すると、前と同じように蔓でくくり王都にとんぼ返りした。
ほとんど時間もかかっていないからだろう。
先ほどと同じ兵士がいたため、通してくれるように頼む。
「勇者様……この木材の山はいったい……」
「ああ。ちょっと屋根の修理にな」
「屋根の修理……勇者様がですか?」
「そうだ。急いでいるから通してもらいたいんだが」
「はっ!お忙しいところ申し訳ありません。どうかお通り下さい」
「ありがとう」
孤児院に戻る。ただし、この荷物では裏通りをいくのは難しそうなのである程度の距離までくるとそこまでの建物を飛び越えるようにして戻った。
どうやらさっきいたのは正面で、今回は裏手口に来てしまったようだ。周りに誰もいない。
まあどっちでもいいかと先ほどと同じように屋根に上がった。
そして、木材を手に取ると大きな穴や罅を塞いでいった。
もしかしたら身体強化を切りつつ、長い時間をかけて魔法でイメージすればコンクリートもどきを作れる可能性がないわけではない。
しかし、この施設はボロボロだ。作れたとしても屋根の重量に耐えられるかは非常に不安だし、恐らく建て替えたほうが早いだろう。
とにかく今は応急修理でいい。身体能力を活かしてとび職人も真っ青な動きをしながら直していく。
太陽が頭の真上に昇りきるころには作業は終わっていた。
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