第12話 遺書

 あの日の出来事から、どれだけの時間が経過したのだろう。僕には、はっきりとした日付が分らなくなっていた。たしか早矢香が屋上から飛び降りてから、直ぐに奈津子は警察へ連絡をいれたのは覚えている。うつ伏せのまま動かなくなった早矢香の元へみんなが恐る恐る近寄って行き、あっという間に人だかりとなっていた。その情景を僕は後ろから見ていた。蟻のようだな。そんな事を考えた。彼女に寄り添いたいとか、今すぐ駆け寄りたいとか、そんな気持ちは一切湧いてくることはなく、ただただその場で呆然と立ち尽くす事しかできなかった。救急車が到着して、深閑の中でゆっくりと運ばれる彼女を見ても、何も感じなかった。もう……終わったのだ。そんなことを思った。

 大学近くの小さな定食屋に僕達は集まった。いつも六人で集まっていた隠れ家的な場所。でも今は、一人欠けている。ドアベルの音がする。玄関へ眼をやった。もう来ることはない彼女を期待して……。


「早矢香……、たぶん自殺だって」

 奈津子は、小さなテーブルに手を置き、気落ちした声で僕達に伝えた。彼女の叔父は県警に務めているので情報としては確かだった。


「たぶんって……。明らかにそうだろ。だって俺たちの目の前で……」そこで言葉を止め、話題を変えるように言った。「……動機は?」

 昭夫は、落胆の表情を浮かべてから手元へ目を落とした。


「わからない……」奈津子は、右隣に座る昭夫を見てから言葉を詰まらせる。「軽い事情聴取があると思うよ。私達、仲良かったからね」

 平常心を装う奈津子は、背筋を伸ばす。この場所では不自然で似合わない。


「……うん」

 僕は、返事をした。

 その後に皆は、施された子供のように力なく頷き小さく返事をした。


「それから、早矢香の遺書というか、……手紙が私宛に届いたの」

 言葉と言葉の狭間に永遠の時間を感じた。それを嫌うように奈津子は話を続けた。

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