第5話 模造変身③

 まだ調べたいこともあるが、少し休んだほうがよさそうだ。少女の姿のまま、別の情報源となる魔女と接触するのもいいかもしれない。あくまでも、同一人物の限界が約一〇分なのだ。


 不意に、人の気配がした。一瞬慌てそうになるが、今はこの町――もう脱した可能性もあるが――に適した姿をしている。

 堂々としていれば問題ない。聖は、一度深呼吸をした。


 現れた人物には見覚えがあった。綾音だ。あの決闘は、どのようにして終わりを迎えたのだろうか。


 通りすがりで目が合うと、まっすぐこちらへ向かってくる。

 まさか、自分がさっきの子どもであることがバレたのか? 聖は、今一度自分の服装や体型を目視するが、しっかり女生徒に扮していた。


「こんにちは。ちょっといいかな? この辺りでこのくらいの子どもを見なかった?」


 綾音は自身の口くらいの位置で手を水平に動かした。やっぱり聖を探しているらしい。

 聖は平静を装って、なるべく普通に答える。


「ううん。見なかった」

「そう……」


 呟いてから、綾音は、聖の顔を見ながら首をひねった。何か失敗しただろうか。心臓がバクバクと高鳴る。


「えっと、制服のラインが赤だから一年だよね? 何組なのかな?」


 ……まさか、リーダーという立場の人は、学年の生徒の顔と名前を全て覚えているものだったりするのだろうか。

 とっさに言い訳を考える。思い付くことなんて一つしかなかった。


「転校……でここに来たばかりで。ちょっと制服を来てみたくて、出歩いていたの」

「転校? そんな話聞いてないな。それに……」


 転校生まで押さえているのか。あるいは、相当珍しいのか。これは失敗した。

 それ以外にも引っ掛かることがあるらしく、綾音に上から下まで舐めるように観察された。


 バレるかバレないかの緊張感。しかし、彼女を見ていると、別の感情まで引き起こされそうになる。

 同年代の魔女を引っ張るほどしっかりしていて、頭も良くて強いのに、小柄でかわいらしいそのギャップは、女性としての魅力に溢れていた。


 聖は自身の性別もわからないが、女性にときめく辺り、男の可能性が高いと思っている。さっきの情報では、魔女が男であるなんてあり得ないのだろうけれど。


 彼女が聖の目を見る。吸い寄せられるように視線を通わせると、ニコッと微笑んでくれた。聖の顔は、すでに真っ赤に紅潮していた。


「ここに来たのはいつ頃?」

「えっと……昨日の夜に」

「じゃあ、まだこの辺りのことはよくわかってないよね。

 私の名前は真藤まとう綾音。東塔とアイビス全体の学年リーダーでもあるから、転校生なら、私が色々説明や案内をすることになるの。よろしくね」


 不審そうにしていたのとは一転し、綾音は親切にあいさつをしてくれた。聖も安心して表情が緩む。


「ぼくは、美倉聖っていいます。よろしくお願いし――」


 しまった。うっかり「ぼく」と言ってしまった。聖は、思わず口を押さえる。

 その仕草を見て、綾音はクスッと笑う。


「ふふっ、いいと思うよ」

「えっ?」

「ぼくって言うの。かわいいよ」


 かわいい人にかわいいと言われた聖は、また顔を赤くしてしまう。


「照れ屋さんなんだね」


 朗らかに笑う。見た目は幼い少女なのに、ずいぶん大人っぽい笑顔だった。


 この人は自分を救ってくれるかもしれない。そんな考えがよぎる。何の記憶もないまま放浪している聖は、話を聞いてくれる人を求めていた。


 模造変身した印象だと、彼女は人格者だ。職務に対して真面目に向き合い、世界の仕組みに憂いを持っている、優しく正義感の強い女性だ。味方にすると心強いのは間違いなかった。


 しかし、その正義感ゆえに、聖に味方してくれるとも限らないとも思う。


 魔法が女性のための力であるとしたら、たとえ今女性の姿をしているとしても、正体不明の自分が魔法――あるいはそれに近い力――を使えることを、不審に思うかもしれない。


 聖は記憶を求めてさまよっていた。ふらふらとやって来た土地に、魔女の暮らす町があると知り、何か記憶への手がかりがあるかもしれないと思い、アイビスに訪れたのだ。

 仮に、聖が危険因子だと認識されてしまえば、どこかの研究所にでも送られるだろう。男で異能を持っている聖は、いい研究材料として扱われるだろう。


 あまり長く話さないほうがいい。絶対にボロが出て、怪しまれてしまう。ただちにここから立ち去らなければならない。


「そ、それじゃあ、ぼ……わたしはそろそろ行くね」


 そう言って、聖は踵を返す。しかし、綾音に右手を掴まれ阻止された。


「あれ、これから東塔へ行くんじゃないの? 制服を着てるからそうだと思ったんだけど。案内するよ」

「……えっと、これから帰ろうかと思って」


 帰ると言えば引き下がると思った。しかし、この手順はすでに失敗していた。


「それなら寮だけど、そっちはもう特区外だよ。道、わからないんでしょう?」


 初歩的なミスだった。何のためにここまで逃げて来たんだか。


「あ、そうだったね。でも、真藤さんは人を探してるんでしょ? 忙しいのに悪いよ」

「ううん。こっちのほうが本来の仕事だから。あと、綾音でいいよ」


 そう言って、綾音は背中を向けて歩き出した。ついてこいということだろう。

 チャンスのようにも見えるが、変身以外何もできない自分が逃げ切れるわけもないし、余計に怪しまれてしまう。ここは、とりあえずついて行き、隙を探すしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る