第2話 魔女の町の混入者②

 ――綾音はそれを瞬時に打ち消す。何をしているのかはわからないが、華麗な裁きだった。


「キャー! 綾音さんがんばってー!!」


 歓声が飛び交う。少年にはどうも魔女のノリが理解できない。


 少年は内心ハラハラしていた。自分が原因で闘いが起こっている。その事実により、二人が心配で仕方がなかった。


 特に、綾音は自分に手を差し伸べてくれた人だ。彼女が怪我をするようなことがあれば――


「と、止めないと!!」


 少年は、周りに救いを求める。しかし、魔女たちは二人の決闘を熱心に観ていた。

 喧嘩が華、とでも言うのか。なかなか血の気の多い人たちのようだ。


「大丈夫だって。お互いやり過ぎないようにしてるからさっ」


 一人の魔女が少年に声をかける。スラッとした細身の女性で、琥珀と同じ制服を着ている。首もとまでの長さの明るめの髪が、活発そうな印象を与える。その小さな胸の辺りには、レンズの厚いカメラがぶら下がっている。


「やり過ぎないようにって……」

「無茶はしないよ。二人ともかなりの手練れだし、綾音さんに限って、そんな心配はいらないよ。戦闘技術においては同年代のトップで、頭も切れる学年リーダーなんだから」


 そう言ってカメラを綾音のほうに向け、シャッターを切る。


「はぁー……。綾音さんカッコいいなぁー。まさに綾音さんこそがアイビスのジャンヌダルク……」


 どうやら、彼女は綾音のファンらしい。そういえば、さっきの歓声もこの声だった。


「でも、ぼくのせいで争ってるなら、やっぱり止めないと」

「大丈夫大丈夫。あれ、よくあることなのよ。琥珀ったら、何かと理由をつけて綾音さんに喧嘩を売るからね」


 なるほど。さっきの違和感の正体はこれらしい。

 琥珀は本当に少年に興味がなかったのだ。あるいは、綾音が来た時点で興味を失ったのかもしれない。


「そ、そうなんだ……。でも、怪我しないで決着はつくの?」

「綾音さんが適当にあしらったあと、そろそろやめよっか、って言ったら終わるよ。無駄話の長電話と同じ終わり方」


 わかるようなわからないような例えだ。わかるのは、彼女が琥珀に対して呆れていることくらいだった。


「まあ綾音さんからすると、気の済むまで相手してあげましょう、って感じよ。実力者は大変なのだ」


 実力者、か。魔女はみんな戦闘民族なのかもしれない。早くここから立ち去りたい気持ちになる。

 でも、綾音にお礼を言いたいし、二人の無事が気になる。少年は判断に悩んだ。


 ふと、野次馬系魔女が少年にカメラを向け、カシャッと音を鳴らす。


「ところで、君は何者? 私はこういう騒動に目ざといほうで、ずっと君と話す機会をうかがってたんだよねー」


 そう言って顔を近づけられる。


 好奇の目。少年はその期待に応えることはできない。訊かれても、何も話せることなんてなかった。


 このままここに居ると、どうされるのだろうか。魔女から見て、聖は相当怪しい存在のようだし、さっきの琥珀のようなことはないにしても、ひどい目に遭うに違いない。


 少年は後ずさりして、カメラ魔女と距離を取る。それでも、彼女は余裕の表情で少年の反応を待っていた。


「もー、怯えなくていいんだよー。悪いようにはしないからさー」


 ニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。その姿に恐ろしさはないけれど、少年の事情としては、彼女と関わってはならないのは明白だ。


 策を練る。ここで彼女の気を逸らさせるのはあれしかない。


 そう思い、少年は彼女の後ろを凝視する。心が奪われた、という表情を演出する。


「うわぁ……」


 すると、彼女は後ろを向く。そこには絶賛戦闘中の二人の魔女が居た。


「おおっ! あんまり見ないやつじゃん!」


 カメラを向ける。今しかない。


 少年は後ずさりしていく。ここは往来だ。少し行けば建物がある。

 建物に近づくと、即座に裏に隠れ、人のいない方向を確認してから駆け出した。


 戦闘の音が遠ざかっていく。先にある角を右に曲がると、ようやく怖い魔女たちから逃げ延びることができたのだった。

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