模造魔女の七変化(メタモルフォーゼ)

秋月志音

第一章 魔女の町の混入者

第1話 魔女の町の混入者①

 小鳥のさえずりが響き、ささやかな冷気が町を包む朝、少年は危機に瀕していた。


 栗色の髪をした少年は、一〇歳くらいにしか見えない子どもだ。

 そんなまだ善悪の区別もつかないほどの子を、学生服を纏う少女たちが包囲していた。一〇数人の女生徒が子ども一人を取り囲む光景は、清爽な空気の中で見るからに浮いていた。


 しかし、この場では少年の存在が異端であり、こうなるのは必然だった。


「あなたは一体何者ですか?」


 一人の女生徒が少年を問い詰める。日本人形のような清楚な黒髪を持った、背の高いキリッとした女の子。いかにも清楚可憐、と言った外見だが、言葉や目からは気の強さばかりが際立っていた。


「ぼくはその……」


 少年は言葉に詰まる。それは、自分が一番知りたい。


「質問を変えましょう。なぜ、あなたはここにのですか?」


 女生徒は大きな胸を支えるように腕を組み、厳しい目で睨みながら問う。


 突然変更された質問については、その意味を理解しかねた。

 なぜ、ここに居られるのか。ここは、都会から少し離れた、ただの住宅街だ。住宅街と言っても、マンションだかアパートのような集合住宅ばかりで、一般的な家屋はほとんど見当たらない。


 それ以外に存在するのは、四つの特徴的な建築物だった。他の住宅より頭一つ高く、太い円柱状で先のとがったそれは、一見すると塔のようだった。

 それらは周囲の中でも浮いていて、怪しくそびえ建っている。今はその中の二つの塔の真ん中辺りに居るようだ。


 少年は、そこで違和感に気づいた。塔付近に付いてから、制服の女生徒としかすれ違っていないのだ。

 今、ここに居るのは、二種類の制服の少女たち。それぞれ、二つの塔に所属しているとすれば合点がいく。


 つまり、この辺りは、各塔に所属する女生徒しか居てはならない場所なのだ。


 しかし、目の前の黒髪少女の言葉は、ニュアンスが少し違っていた。彼女は「なぜ居られるのか?」と問うたのだ。それは、可能か不可能かの問いだった。

 いや、ひょっとすると、少し嫌味を含めたのかもしれない。「よく堂々とここに居られますね?」でもしっくりくる。彼女は、そんな意味で言いそうな雰囲気を持っているし――


「……返答が得られませんか。残念です。あまり乱暴なことはしたくありませんが、仕方ありませんね」

「……ええっ!?」


 人差し指を空へ向ける。その瞬間、指先から赤い光が小さく揺らめいた。炎だ。

 つまり、彼女は魔女なのだ。少年は、魔女が居ると聞いてここへやって来たわけだが――


 ……目的達成と同時に殺されるかもしれない!


「ぼ、ぼくは怪しい者では――!」

「怪しい者はみんなそう言います。そもそも、魔女以外の者がこの場に居れば、漏れなく怪しいんです」


 少年は、助けを求めるように辺りへ目を向けた。その場に居た女生徒たちは、興味深そうに見てる者と、困惑している者が半々くらいだった。


「そうそう、一応確認しておきますが……ひょっとして、あなたは男性ではないですか?」


 不意に、彼女にそんな質問をされる。幼いがゆえに、外見でははっきりと性別を判断できなかったのだろう。


「は、はい。そうだけど……」


 とっさのことだけに、反射的に正直に答えた。

 すると、周りから「キャッ……」という小さな悲鳴のような声が聞こえた。


「なるほど、やはりそうでしたか。ということは出歯亀ですね。幼いながらも、男性とはそういう生き物なのでしょう」


 どうやら、ここは男性を受け入れられない場所だったらしい。しかも大げさな偏見を持たれていた。彼女は、まるで伝聞でしか男を知らないかのようだった。


「ち、違う……迷い混んだだけで――」

「ここは、ジャンヌの聖地です。迷い込んだなんで、無茶な言い訳は通用しませんよ」


 彼女は、ゆっくりとした歩調で近寄ってくる。大昔の女英雄の名は、魔女と同義なのか。

 そんな質問などする余裕はない。逃げなければ。


「そこから一歩でも動くと足を使えなくします」

「ひい!?」


 とんでもないことを言われ、少年は上げた足を慌てて地面に下ろしたが、その反動で重心が後ろになり、バランスを崩して尻餅をついた。


 『英雄』の呼び名は、彼女にふさわしくない。彼女は、その存在を恐れられる、古代の魔女のイメージそのものだった。


「さあ、動いてはいけませんよ」

「や、やめ――」


 不意に、取り囲んでいた魔女たちから「キャー!」という声が響く。さっきと同じようで全然違う。これは歓声だ。


綾音あやねさん!」

「良かった~。これで大丈夫ね」


 少年は会話をしている方向を見る。すると、魔女の輪に一つ穴が空き、通路ができていた。そこから、一人の少女が落ち着いた歩調でやって来た。


 赤みのかかった髪がふんわりと肩に落ちる。背は周りの女生徒たちの平均よりも低いが、表情の柔らかさから大人びて見える。それでいて幼さの残るパッチリとした大きな目をしていて、アンバランスな魅力のある少女だった。


 彼女も学生服姿だ。ここにいる生徒の半分ほどと同じ制服だが、黒髪少女とは違う種類だった。


「どうかしたの?」


 彼女は、穴の空いた魔女の輪に質問を投げかけた。


琥珀こはくが男の子をいじめてる」

「男の子?」


 パッと目が合う。そしてニコッと微笑みかけられた。この人こそ、ジャンヌだった。少なくとも少年にとっては。


「子ども相手にいきなり魔法を使おうとしてるんだからドン引きよ」

「早く保護したほうが……」


 さっきまで黙って見ていた魔女たちが、口々に綾音に報告する。彼女たちは、少年を見て困惑していたのではなく、黒髪少女の行動に引いていたようだった。


「見ていただけの者が何を言いますか」


 急に大人しくなった黒髪少女が、そう愚痴った。


「琥珀さん。何してたの?」

「私は、異分子が現れた原因を調べようとしていただけですよ。綾音さん」


 黒髪少女は、琥珀という名前らしい。そして、二人は顔見知りのようだ。


 大人しくなっていたのは、先に綾音を見つけて、来るのを待っていたからだと、少年は雰囲気から察した。琥珀は少年のことなど忘れたかのように、綾音しか見ていないのだ。


 綾音は少年のもとへ歩み寄り、右手を差しのべた。


「大丈夫?」

「は、はい!」


 手を引かれて立ち上がると、その手はすぐに離された。少年は名残惜しい気持ちで綾音の横顔を見る


「じゃあ、今から私が預かるね」

「どうして?」

「どうしてって、まずはどうやって入ったのか調べないと。それは東塔でする決まりになってるからね」


 綾音は常に朗らかな話し方をする。対して、琥珀はツンケンして返す。


「バグの変異の可能性もあるんじゃないですか? 男の分際で、アイビス魔法特区に入ってこられるなんて異常ですよ。

 マナを持ち、マナに吸い寄せられて来る。バグの習性を持ってるとしか思えません」


 琥珀の推測に対し、「そんなわけないじゃん……」と呆れた声が聞こえる。


 バグとは、マナ、つまり魔力を持った化け物のことだ。少年はまだそれを見たことはないが、それはわかりやすいくらいの獣だったはずだ。人型のものなんてあるのだろうか。


 綾音は周りの空気に飲まれず、さっきまでと変わらぬ口調で返す。


「大丈夫だよ。普通にコミュニケーションが取れてるから」

「どうだか」

「ねっ?」


 綾音は、少年に反応を求める。コミュニケーションが取れてることを証明するためだとわかったので、少年は高速で三回も頷いた。綾音はそれを見てクスッと笑う。


「というわけだから、私が彼を連れていきます。それじゃ――」

「待ってください。私が先に見つけたんです。それを横取りしようというのですか?」


 琥珀は言葉を遮る。少年は、この人が何をしたいのかいまいちつかめない。そこまで少年に興味があるようにも、少年を危険視しているようにも見えないのだ。


 綾音は困ったような笑みを浮かべる。


「東塔所属の私が連れていくほうが合理的じゃないかな」

「ここは一つ、決闘で決めましょう」

「ええっ!?」


 何を言い出すんだこの人は。決闘、だなんて、学生服姿の少女が口にする言葉じゃない。少年は思わず大きな声を出してしまった。


 しかし、綾音は決闘という言葉には引っ掛かっていなかった。困っているようだが、落ち着いた様子だ。


「……決闘するようなことじゃなくない?」

「今までの積み重ねがありますから。ではいきますよ――」

「――下がってて」


 少年は綾音にポンと背中を押される。すると、琥珀は綾音に炎の魔法を浴びせかける――!

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