何を言っているのだろう

 昼食を食べ終えるなり、ひな先輩はゲームを起動させてドラモエを始めた。ひな先輩と肩が触れ合うくらいの距離でベッドを背もたれにして座り、スナック菓子をつまみながらテレビに映るゲーム画面を眺める。


「敵が強いなー、レベリングしなくちゃダメかなー」


 レベリングとは、何度も敵を倒してパーティメンバーのレベルを上げることである。レベルを上げることで、パーティメンバーが強くなり敵を倒しやすくなる。

 ひな先輩は「ぶー」と口を尖らせながら、ボスが待ち受けているであろう遺跡の中を進んでいく。その道中で出会ったザコ敵とは、互角とも思える戦闘を繰り返している。


「ザコ敵を簡単にやっつけられるくらいのレベルじゃないとボス戦はキツいですよね」


「やっぱりそうだよねー、レベリングするかー」


「ここの遺跡でレベリングするのもありですね」


「うーん、そうするー」


 面倒そうな声を発しながら、ひな先輩は首を倒して俺の肩に寄りかかった。ちょうどひな先輩の頭が、俺の肩に乗っている。これには少しだけドキリとさせられる。


「レベリングめんどくさーい」


「ラスボス戦もあるので頑張りましょ」


「ほーい」


 肩でひな先輩の熱を感じながら、ただひたすらにザコ敵を倒すだけの画面を眺め続ける。こんな時間も悪くないなと思いながら、スナック菓子を口に運んだ。


 ☆


 あっという間に日が沈み、テレビ画面ではラスボスと戦闘をする主人公の姿が映っている。その主人公を動かしているひな先輩は、前のめりとなってゲームをプレイしている。

 ひな先輩が奮闘している姿を、ベッドの上で寝転がりながら眺める。


「もう少しで倒せそうですね」


「そだね。もうちょっと削れば……」


 ひな先輩がポツリと呟いた瞬間、攻撃を受けたラスボスは咆哮を上げながら、光となって消えていった。数秒だけ固まっていたひな先輩はラスボスを倒したのだと理解するなり、明るい表情でこちらを振り返った。


「湊くーん! 世界救ったよー!」


 ひな先輩は腕を広げて、ベッドに寝転がる俺に抱き着いた。柔らかな体が押し付けられ、柔軟剤のような甘い匂いが鼻をくすぐる。


「おめでとうございます」


 全力で抱き着くひな先輩を引き剥がすことはせず、彼女の頭をポンポンと撫でる。男とは違うサラサラな髪質は、撫でていて気持ちがいい。

 テレビにはスタッフロールが流れていて、ゲームをクリアしたことが見て分かる。


「ひな先輩ってボディタッチとかハグとか好きですよね」


 無意識に口から出てきた声は、とても平たんなものだった。


「え、うそ、いやだった?」


 ひな先輩は顔を上げると、心配そうな顔を浮かべた。ベッドの上で抱き着かれていても変な気が起こらないのは、ひな先輩が相手であるからだ。


「嫌ではないですけど、勘違いしちゃう人も居ると思いますよ」


「勘違い?」


「その、自分に好意があるんじゃないかって」


「湊くんのことは大好きだよ?」


 純新無垢な瞳を向けられて、心臓が大きく跳ねた。それでも動揺してしまったのがバレないようにと、彼女から視線を逸らしてから口を開く。


「それはめちゃくちゃ嬉しいんですけど、なんというか……ひな先輩って他の男子にも俺と同じくらいの距離感なんですか?」


 抱き着かれたり膝を枕にしたりされれば、恋愛としての好意と受け取ってしまう人も少なくないだろう。そう思ったのだが、ひな先輩が口にしたのは予想の斜め上をいくようなものだった。


「わたし、湊くん以外に男の子の友達居ないよ?」


「え」


 その言葉に衝撃を受けて振り返ると、ひな先輩がキョトンとした表情を浮かべていた。


「そうなんですか?」


「そうだよー、だから男子でこんなにベタベタするのは湊くんくらい」


「それはそれで勘違いしそうになるので……」


「別に勘違いしてもいいよ」


「はい?」


 またも雷が落ちたかのような衝撃を食らった。勘違いをしてもいいということは、どういうことなのだろうか。

 ひな先輩は難しそうな表情を浮かべながら俺の体から腕を離して、ベッドの上であぐらをかいて座った。なので俺も彼女と向かい合わせになるように、ベッドの上に座り直す。


「わたし、恋愛感情ってよく分からないの」


 ひな先輩の話はそんな導入から始まった。

 テレビ画面には、今もまだスタッフロールが流れ続けている。


「好きには二種類あるってよく言うじゃない? ライクとラブの二つ。ライクは友達としての好きで、ラブは恋愛としての好き」


「よく言いますよね」


「でもわたしにはライクしか分からない。湊くんも紬ちゃんも瑠愛ちゃんも、全員まとめてライク。だからね、紬ちゃんが湊くんに告白したって聞いた時にさ、みんな大人なんだなーって思ったの」


 あの日の桜瀬の顔を思い出すと、未だに心がチクリと痛む。

 それでもひな先輩と視線を合わせて、相槌を打ちながら聞く。


「だからわたしも恋とかしてみたいなーって思ったのよ」


「ほうほう」


「それで考えてみたんだけど、わたしには男友達が湊くんしか居ないの」


「はいはい」


「だからもしも誰かと付き合うってなったら、湊くんしかいないわけ」


「なるほど」


「だから付き合ってもらうのもいいなーって、さっき思った」


「ふむふむ──はい?」


 さらに予想の斜め上を行くような言葉に、思わず聞き返してしまった。しかしひな先輩は難しそうな顔をしたまま、ベッドの上に仰向けになって寝転がった。大きな胸がたゆんと揺れる。


「でもなー、湊くんは瑠愛ちゃんのことが好きだしなー」


 どうしてそのことを知られているのだろうかと思ったが、桜瀬から告白された直後に柊を追いかけていれば、バレてしまうのは当たり前なのかもしれない。


「まあ、そうですね」


 特に隠す理由もなかったので正直に頷いてみせると、ひな先輩は「ううむ」と唸った。


「だから付き合うんじゃなくて、キスをしてもらうだけでもいいかなって。あ、もちろん瑠愛ちゃんの後でいいから」


 この人はさっきから何を言っているのだろう。話にどんどんと着いていけなくなり、目を白黒とさせるしかない。そんな俺を置いていくかのように、ひな先輩はニコリと笑顔を作った。


「そうすればわたしも大人に近づけるんじゃないかって思ってね!」


 ひな先輩はそう言ってくしゃりと笑うと、俺に向けて手を伸ばした。


「まあそんなことは後回しにして、夜ご飯食べに行こ! わたしはラーメンが食べたいよ!」


 話はよく分からなかったが、どうやら柊とキスをしたらひな先輩ともしなくてはいけないらしい。

 まずは柊とキスする覚悟を決めなくてはいけないなと思いながら、無邪気な笑顔を浮かべる彼女の手を取った。


「そうですね、豚骨ラーメンが食べたいです」


 力いっぱいに引き上げると、彼女の軽い体はいとも簡単に起き上がった。

 とっくのとうにスタッフロールを終えたテレビの画面には、暗い背景に白い文字で『fin』と書かれていた。

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