第23話 秋冬 バンクーバー その1
バスの車窓から池の上に浮かぶツリーが覗いた。窓に顔を近づけて「ハアー」と溜息を吐き出す。厳かなその姿を目の当たりにして日和は恍惚となった。
煌びやかな日本のツリーも良いが、どこか商業的な匂いが拭えない。街全体に活気が漲り、それを商売と結びつけている企業も多いのだから当然だ。
その点、此方で見かけるツリーの多くは、よりコミュニティ寄りで生活に密着している感じがする。元々、キリスト教徒の多い英国からの移民が建国した国だ、それもまた当然なのだろう。民家の軒先や家の中に見えるツリーなどは手作り感満載で微笑ましい。自分にはこちらの方が幾らか心地良い。そう思って日和は一層窓に顔を近付けた。
ダウンタウンに到着しバスを降車した途端、空からはらはらと雪が舞い落ちてきた。辺りを見回すと、街中を彩る電飾とのコントラストが極めて西洋的で、改めてここが日本でないことに気付かされた。
「それにしても寒い」
黒いノースフェイスのダウンを首まできっちり閉め、緑色のニット帽を深く被り直すと、日和はそろそろと雪の中へ踏み出した。
初めて迎えるカナダのクリスマスに備え、日和はダウンタウンのクリスマスマーケットに向かっていた。ブレンダと暮れの買い物をするため待ち合わせているのだ。
ブレンダは紡の要件を頼まれて、先行してダウンタウンに来ているはずだった。待ち合わせ場所のオリンピックトーチ前までは大した距離はない。のんびり歩こう。そう決めて日和はクリスマス一色に染まったダウンタウンの通りを見物し始める。
途中、目に止まったカフェでラテを頼んだ。ふと見ると、サンタクロースの格好をした恰幅の良いおじさんが手にした鈴を振っている。寄付を募っているのだ。そういえばバスからも見えたな。この時期になると、街のあちらこちらで、こうした寄付が始まるらしい。
これも、この国の良いところだ。日和は手にしたトウーニー硬貨をおじさんに渡した。「メリークリスマス!」意外にも高音で可愛らしい声が、後から日和を追い掛けてきた。
カナダプレイスの周りは人で一杯だった。
クリスマスの買い出しか。考えることは皆一緒だ。
日本と違って、こちらではクリスマス当日になると殆どの店が閉まってしまう。クリスマスだけではない。イヴもだ。閉店時間を早めたり、休んだりするらしい。オリヴィアの話では、こちらのクリスマス期間というのは日本の正月と一緒で、その間里帰りなどして家族と一緒に過ごすものなのだという。代わりに、正月そのものは吃驚するほどあっさりしている。だからその前に皆こうして買い出しに来るのだろう。
日和は目を凝らすがブレンダの姿はない。まだ着いていないようだ。仕方なく、日和は噴水の前に腰掛け彼女をを待つことにした。
子供連れの夫婦、歳を召した壮年のカップル、あちらの塊りは友人グループといったところか。意外にも若いカップルが少ないことに日和は気付いた。居ないことはないが、その割合は恐ろしく低い。
この時期日本でなら、学生や若い社会人のカップルがわんさか街を訪れるだろうに。『所変われば品変わる』ということか。
「お待たせー。遅れてごめん」
振り向くとブレンダが駆けて来ていた。日和は立ち上がり片手を上げた。
「ごめんなさい。買いたい物が見つからなくて……」
「大丈夫だよ。それより結構買ったね。大丈夫? まだ買い物出来る?」
「もちろん! これまでは業務用。ここからが本番」そう言って、ブレンダは小さく舌を出した。
クリスマスマーケットの会場内は大勢の人で賑わっていたが、二人が散策するには十分なスペースが残されていた。日和は「東京ディズニーランドと比べたら全然平気」と言ってはしゃいでいる。
「うわあ!」
「素敵!」
マーケットには、ツリー用のオーナメントの店やら手編みのニットの店やら、個性的な出店が所狭しと犇めいていた。二人は購入したホットワインを片手にメリーゴーランドを眺めた。東欧風なクラシックな模様の馬達に子供達が跨り歓声を挙げている。大したアトラクションでもないはずなのに、雰囲気に飲まれている所為か、二人の目には、それがやたらと華やかに映る。中央では正装した楽団がクリスマスソングを生演奏していた。
「何だかカナダじゃないみたい」
「じゃあ、どこ?」
「ドイツ」
「どいつ?」
「だから、ドイツ!」
「あーそっか。確かにドイツだ」
ドイツに行ったこともないのにそう決め付けて、二人は顔を見合わせて笑った。楽しかった。こんな時間が永遠に続くと良いのに。ふと、そんな風に考えて、ブレンダは日和の横顔をチラリと見た。
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