B .E.LL
アマト カタル
プロローグ
それは唐突に始まった。
人気の無い浅い水辺は、それまで極めて平静を保っていたのだが、突然、降り始めた大粒の雨によって掻き乱され、水面には、雨粒の衝突に寄って生じた幾つもの輪っかが描かれていった。
その中央で、俄に水位が上昇したかと思うと、底の方から、泥に塗れた何かが、ぶくぶくと泡を立てながら、次第にその姿を現した。
それは、湖底から突如出現した古の龍の様であり、もっと別の未知の生命体の様でもある。
力強さを増した雨が、その者の頭から胴、腕、脚と、順番に泥を洗い流し、やがて、その全身が白日の基に晒された。
それは人だった。
否、人と呼ぶのは相応しくない。どこか稚拙で、まるで、神の創造の過程で出来た失敗作のような、歪な形状を有していたからだ。
頭を傾け、全身を組まなく見回してから、彼の者は、ゆっくりと歩みを始めた。まだ、歩き出しの赤ん坊のように頼りない。
見ると、左右の脚の長さが違う。
だから歩き難いのだと気付いた彼の者は、今度は自分の脚をグニャグニャと動かし、あっという間に同じ長さの脚を形成した。
歩き易い。この方が格段に具合が良いのだ。
味を占めたのか、彼の者は次にペタペタと自分の顔や体を弄り始めた。身体中の肉が、先程と同様にグニャグニャと連動したかと思うと、今度は細部に至るまで精巧な、均整のとれた肉体が、みるみる内に形造られていった。
「冷たい」
澄んだ声で、そう呟くと、水中に沈み込もうとする白い脹脛を強引に持ち上げて、彼の者は、ジャバジャバと音を立てて陸へと上がって来た。
陸地は開花し始めた草花で満ち溢れていた。その中を一歩一歩踏み出す度に、彼の者は周りの生命を吸収して、より豊かな色を得ることに成功した。
気がつくと、肌の色と同じ真っ白な衣服をその身に纏っている。
やがて一本の道に出ると、彼の者は人々が「海」と呼ぶ、更に広大な水場を目指して、薄暗い雨の中を歩んでいった。
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