東雲詩篇
東雲夕凪
第1話 終末世界
2017年
深夜の都市は静寂と霧雨で路面に街路灯やオフィスビルの明かりが反射していた。ショーウィンドウに置かれた無機質な顔をしたマネキンは、この都市が(世界が)こうなることを知っていたかのように表情を変えずにいた。
そんな中を一匹の影が小さな足跡と共に歩みを進めていた。
黒い猫は小さく鳴き語った。物語の顛末を知るであろう物語の主は、大きなあくびをする。
write by Yag.
一匹の黒い猫は、自分が少女であった時の記憶と共に人がいない世界を生きていた。正確には限りなく少ない人間が存在する世界だが。
「君は、いつも悲しそうな顔をするね。 別に、この都市は人がいなくとも維持され続けるというのに... 恐れる事なんて無いんだよ」
都市のビル群が並ぶ道路の中央、車が来ない場所はいつも私が夕暮れになると来る場所だ。友人でもある白い猫は私を慰めるようにそう言う。
「悲しい顔?」
「そう。失ってしまうことを恐れるような顔だ」
ショーウィンドウに並べられた無機質な表情のマネキンと共に並べられた鏡に自身を投影するとそこには<悲しい>そうな顔をしている自分がいた。
「ほんとだ。気づかなかった」
不思議そうにする白い猫に、私は微笑みを作り見せた。
「大丈夫。私は恐れてなんて無いよ 諦めたんだよ」
小さく反応する白い猫は去っていった。
「またね。僕は家に帰るよ 君も、僕以外の仲間が欲しかったらおいでよ」
待ってる。そう言う猫に私は、手をふるように前足を動かした。
ーこの都市が...いや世界が終焉を迎えてから5年が経った。人が消えた都市からは生活感が消えていた。雨が降るたびに舞っていた埃の匂いも、車のエンジン音すらも消えた都市は静寂が広がっていた。
ただ、都市機能自体は変わることが無かった。
「ただいま」
誰もいない部屋。マンションの一室を開けるとアンドロイドが食事を用意して立っていた。誰も食べないというのに用意された食事は家族分があった。
猫に対しての餌が用意されている様子は無いけれども、アンドロイドは私に無意味にほほえみ手を振る。
「猫...(未設定)様 おかえりなさいませ」
時間が経てば、廃棄される食事は無駄そのものだ。だけれども、アンドロイドやこの都市のシステムはその事を理解できない。人がいることを絶対前提としたのだから、当然だと言える。そして、それは今となれば不気味でしか無かった。
当然のようにこの都市では人がいないのに、人がいる事を前提としたシステムが動作している。夜でも灯り続ける明かりや信号機。行き交う電車は空気を輸送している。深夜になれば貨物専用のトラックが街を行き交い食料や物資を届けたり、返品される物を回収し続けるはずだ。
「まるで夢のようね。自分だけに人の姿が見えない悪夢よ」
悪夢を見たくなくとも眠たくなり目を閉じようとする。暗くした部屋の戸から見えるこぼれた明かりの方からはアンドロイドが夕食を片付ける音がしていた。無駄に製造され、調理されて廃棄される。それでも感情の無いアンドロイドにはプログラムを正確に実行している。もう、難しい事を考えるのを放棄したいとはいえ 私はふと考えてしまった。
「もし、システムに人が存在しないと認知させたらどうなるのだろうかと」
概念や理が崩壊するのだ。そうなると、世界は本当に崩壊するのだろうか。興味とも恐怖とも言える思想がよぎった。だけれども、私は猫らしく寝ることにした。
考えても仕方が無いことは考えるべきじゃないのかもしれない。
そう思ったからだ。
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