第一幕/出立 [旅路]第6話-2

 女性の案内で施設内に入ったスズネ達は、窓口で幾つかの手続きを行い待合室に通された。待合室には4,5才位の子どもとその親と思われる男女、おしゃれな帽子を被った老夫婦、高級スーツに身を包んだ少々気難しそうな中年の男性と若い女性が待合室のソファに座っていた。

「出発の時間になりましたら再びご案内致しますので、お好きなところにお座りになってお待ちください。」

女性は頭を下げると待合室のドアを閉めた。スズネ達は周りを見渡し、一番奥の、親子が座っている反対側のソファが、丁度三人座れそうなのに気づきそこに座ることにした。ソファの方に移動しようとし、中年男性のそばを通り過ぎようとした際、

「ガキが増えたか。」

と、中年男性が横目で睨みつけながらボソっと呟いた。その後、中年男性は隣に座っていた若い女性とイチャつき始める。ユウヤはピクッと反応したものも、大きく溜め息を吐き「早く行こうぜ」と前を進んでいたスズネとマコトに小声で呟いた。その場を速足で駆け抜け、奥のソファに座れた三人。前では子どもが窓の外を見ながら足をパタパタしていた。窓の外にはシャトルを射出するカタパルトの美しい曲線が映し出されていた。ふと、子どもがスズネの方を見る。短く切りそろえた髪、ズボンにワイシャツ、男の子だろうか?スズネは笑顔を返した。

「おねーさんたちもくじらをみにきたの?」

「こら、アキラ!」

母親らしき女性が「すみません」と言いつつ頭を下げる。スズネは「大丈夫ですよ」と母親にも笑顔で返し、

「そうだよー。て言ってもお姉さん、あんまりくじらに詳しくないんだ。こっちのお兄さんの方が詳しいんだよー。」

と、ユウヤを挟んで座っているマコトの方に顔を向けた。「えっ」と突然振られたことにマコトは驚き、子どもの方を向く。子どもは目を輝かせながらマコトを見ている。マコトはぎこちない笑顔と作って「や、やぁ」と答えた。二人の間に座っていたユウヤはマコトのそんな様子を見て、声を殺しつつも自分の膝を叩いて大爆笑していた。

「ねぇねぇ、おにーさん。うちゅうにくじらってほんとうにいるのかな?」

「そうだね。僕は本当に居ると思っているよ。」

大爆笑しているユウヤを睨みつけつつ、先程よりも和やかな笑顔を作ったマコト。マコトは自分の荷物から「宇宙のくじら」を取り出した。

「あ、「宇宙のくじら」だ!」

子どももソファに置いてあった自分の小さなバックから、まだ真新しい「宇宙のくじら」を取り出した。

「うん。「宇宙のくじら」。お兄さん、この絵本が大好きでね。絵本の事を調べていくうちに、描いた人が実際に宇宙で体験したことを元に描かれているってことが分かったんだ。」

そっと、自分の色褪せた「宇宙のくじら」の表紙を指で撫でるマコト。

「そのことを知った時からずっと信じていてね。この前のニュースを見てすっごく嬉しかったんだ。ああ、やっぱり「信じ続けなさい。そうすればきっと叶う」。その通りだったんだなって。」

ハッと少々自分語りになってしまったことに気が付くマコト。そして、「信じ続けなさい。そうすればきっと叶う」と、自分では言った記憶がない、だが、どこか懐かしい言葉を無意識に発していた事に驚く。何故、どこで聞いたのか気に掛かり、必死に思い出そうとする。が、靄がかかった様に思い出せない。苦悶の表情をするマコトだが、そんな表情を子どもが心配そうに覗いていることに気づき、

「と、とにかく、お兄さんは「宇宙のくじら」が大好きで、うん、居ると思うよ。くじら。」

と、必死に笑顔を作った。隣を見ると、ユウヤとスズネも心配そうな表情をしていた。マコトは二人に向かって「大丈夫」と呟く。子どもは「宇宙のくじら」を抱きしめ、

「そうだよね。おにーさんのいうとおり、うちゅうにくじらはいるんだよね。ぼくも「宇宙のくじら」だいすきだよ!」

マコトの顔を覗いていた時の心配そうな表情はどこにいったのか、明るい笑顔をマコトに向けた。

「「信じ続けなさい。そうすればきっと叶う」か。いい言葉だ。若い者はいいなぁ。」

ドアに近いソファに座っていた老人が自らの白い口髭を触りつつ、にこやかな笑顔で言った。

「いやいや失敬、実に微笑ましかったものでな。やはり若者は夢に溢れていなければ、と

君たちを見て思ったのさ。」

隣に座っている老婦人が笑顔で頷く。老人は続ける。

「私も若い頃は必至になって夢を追いかけていたものさ。だが時が経つにつれ、夢を追いかけていては、お腹は膨れない、生きてはいけないと悟り始めてね。」

老人は笑顔を作りながらも、その目は少々悲しそうであった。

「暮らしの不自由はなくなったが、その変わりに心が摩耗してきてね。家内とも度々口喧嘩をしたものだよ。そんな時、ふと夢を追いかけていた若い頃の写真が出てきてね。ああ、あの時は情熱的で全てが輝いて見えていたなって。」

老人は窓の外を遠い目で見つめた。

「自分の人生は、少々つまらない人生だったと思うよ。けれど、同時にあの時夢を追いかけていた経験があるから、今の自分があるのだなとも思ったのさ。」

老人は三人と親子に向き合い、優しく微笑んだ。その後、少し恥ずかしくなったのか、こめかみ辺りをポリポリと掻きながら、

「おっと説教臭くなってしまったな。失敬、失敬。折角の夢溢れる宇宙旅行だ、老人の説教で台無しされたら困るだろうからね。」

「いえ、そんなこと。」

スズネが首と手を横に振りながら答える。マコトとユウヤも頷く。男の子はボーっと老人を見ていた。

「君には少々つまらなかったかな?まぁ、若い者はいっぱい夢を見て、追い続けなさい、って話だよ。」

老人は男の子に近づき、その頭を優しく撫でた。男の子は少々くすぐったそうだった。和やかな空気の中、それを壊す様に周囲に聞こえる程の舌打ちが聞こえた。中年男性と若い女性がつまらなさそうに老人達を見ている。その後、直ぐに二人はイチャつき始め、自分達の世界へと入っていった。

「なにあれ、感じ悪っ。」

スズネは二人を睨みつけながら呟き、一言文句を言おうとソファから立ち上がろうとした。そこをユウヤが「どうどう」となだめる。

「ああいうタイプにムキになるなって。突っかかったところで何もならないぞ。」

「一ノ瀬君も思いっきりため息ついていたじゃん。」

と、口を尖らせ、頬も膨らませながら小声でスズネは文句を言った。ユウヤは「まぁな」と頬を掻きながら、中年男性と若い女性の方を険しい顔つきで見る。

「けどよ、他人にそうやって突っかかったところで自分が疲れるだけだぞ。どうせ、他人なんて期待したところで何も変わらないし、何もならない。特に、ああいうタイプはそれが顕著だ。付き合うだけ無駄ってことだな。」

言葉とは裏腹に、その目には軽蔑や諦めとは別の、何も感じない「無」が映し出されている。ふと、スズネの方に視線を移すと、少し驚いたかの様に目を見開いてユウヤを見つめていた。マコトも、いつもと違う雰囲気を感じ取り、驚愕と心配の表情で見つめる。「ああ、すまん。変なこと言って」とスズネの頭を優しくポンポン叩いた。

「何よ・・・。少しいつもと違っていたからびっくりしただけだよ。」

スズネは少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、叩かれた頭を擦る。二人が話す声が少し聞こえていたのか、中年男性と若い女性はユウヤとスズネを睨みつけていた。それに気付いたユウヤはペコペコと頭を下げながら愛想笑いを浮かべる。その時、待合室の扉が音を立てて開かれた。扉の先には三人を案内してくれた女性が立っている。

「皆様、お待たせ致しました。シャトルの搭乗準備が整ったので、ご案内致します。」

「やっとか」と小さく溜め息を吐き、ソファに置いてあった荷物を取って立ち上がる中年男性。若い女性も続いて自分の荷物を取り、立ち上がる。老人は自分の居たソファに戻り、いそいそと婦人と一緒に準備を整える。「アキラ」と父親に呼ばれ、トコトコと両親のもとへ向かい、母親に抱き着く男の子。両親はいつの間にか準備が整っており、父親の手には男の子のバックがぶら下がっている。親子の微笑ましいやり取りを見た三人も自らの荷物を取って立ち上がった。

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