第一幕/出立 [旅路]第6話-1

 やがて出発の時間となり、手荷物検査を通って種子島行きの旅客機に乗り込む三人。マコトとユウヤは初めての飛行機で少し緊張していたが、スズネは何度か家族旅行で乗った事があるらしく、余裕の表情を浮かべていた。機内に入った三人は指定の席まで移動し、各々の席に座った。離陸時間が迫ると、キャビンアテンダントが、各種案内やシートベルトの着用方法の説明の為にやってきた。指示通りにシートベルトを締めると、「後五分程で出発する」と機長のアナウンスが入る。それを聞いたユウヤは、緊張が解けたのか大欠伸をし

「飛行機が飛んだら、俺の意識まで飛んじまうかもな。」

と、隣に座っているマコトに笑いながら軽口をたたいた。マコトはその言葉に微笑みつつも、ちらっと窓の外を見た。最終チェックが終わったからか、自分達が乗っている旅客機から作業員が離れていくのが見える。やがて出発の時間となり、旅客機は静かに滑走路に入り、滑らかに離陸した。離陸後、一つ前の席に座っているスズネがシートの上から頭だけだし、二人の様子を伺っていた。気づいたマコトは「大丈夫」と一言だけ答え、視線を窓の外へ移す。ユウヤは「眠ぃ」と、シートの深く座り瞼を閉じた。スズネはクスっと笑い「大丈夫そうね」と頭を引っ込めて、自分のシートに座り直した。通りがかったCAを呼び止め、コーヒーを頼むスズネ。静かに寝息を立てているユウヤ。マコトは窓の外をぼーっと見ていた。下には雲海が広がっている。ふと、窓の上の方を覗いてみた。暗く、蒼く広がる景色。美しく広がるその景色に、マコトは見惚れてしまった。

 一時間半後、旅客機は鹿児島の空港に到着し、そのまま三人は別な旅客機に乗り換え、種子島を目指した。二度目の飛行機だからか、マコトとユウヤは先程よりも余裕をもって旅客機に乗ることが出来た。

「流石に二度もビビっていたら、情けないだろ?」

ユウヤはこう言いつつ、自分の席に座った。そこから三十分。種子島に着き、空港から出た三人を待ち受けていたのは、[JST]と車体側面に目立つ様にでかでかと社名のデカールを貼られていた一台のバスであった。バスから一人のスーツ姿の若い男性が降りてくる。

「あ、今回の海王星行ツアーのお客様ですね?」

男性が尋ねる。バスを見て少し呆けていたスズネは、ハッと飛び上がるように答えた。

「は、はい。申し込んでいた若宮です。」

「若宮様・・・若宮様・・・」と呟きつつ、男性は腋に抱えた端末機器を取り出し、スズネの苗字を探す。

「あ、ありました。三名で申し込まれた若宮様ですね。お待ちしておりました。」

背筋を伸ばし綺麗に腰を折り、お辞儀をする男性。それに釣られて三人もお辞儀してしまう。その後、男性に荷物‐と言っても大した量ではないが‐を預け、乗車する三人。車内には誰も座っていなかった。荷物を収納し終えたのか、男性が車内に戻ってきた。

「つかぬ事をお伺いしますが、私たち以外にこのバスに乗車するお客って、いないんですか?」

不安になったスズネが失礼を承知で男性に尋ねた。男性は少し困った表情をしつつ、

「実は申し込まれたお客様が少なく、さらに殆どのお客様が前日から来られておりまして、同時刻で乗車されるお客様は若宮様のみとなっております。」

問いに答えた後、深々とお辞儀をした。申し訳ないことを聞いたと、スズネは慌てて、「すいません。変な事聞いてしまって」と男性に向かって謝った。男性は首を横に振り、「若宮様が気になさることではございません。」と微笑んだ。男性は自分の腕時計を見る。

「そろそろ出発の時間となりますので、皆様ご着席し、シートベルトをお締めになってお待ちください。」

 程なくして、三人を乗せた[JST]の高速バスが動きだした。暫く公道を走った後、高速道路に入る。バスに揺られながら、マコトは持ってきていた本に目を通していた。

〔科学と技術、国の為に生きた。天才アイク・ローゼンバーグの半生〕

暇潰しの為に昨日突発的に買った本だが、一文一文丁寧に書かれており非常に読みやすかった。しかし、バスに揺られながらだと長時間読む気にはなれない。隣に座っているユウヤが覗き込む。

「ん?なんか難しそうな本だな・・・てか、バスの中で読んで酔わないのか?」

「流石にバスの中で長時間は読めないけど、本の内容自体は結構細かく丁寧に作られていて、読みやすいよ。」

興味深そうに表紙と背表紙を交互に見つつ、マコトは言った。ふーん、と感心したようにユウヤは頷いたが、直ぐに興味をなくし、ここまでの旅路で固まった体を伸ばし始めた。

その時、

「あ!見て!」

突然、反対側の席に座っているスズネがマコト達側の窓を指さしながら声を上げた。その声に二人はびっくりしつつも、スズネが指した方向を見る。窓の外には美しくも広大な海を背景に、巨大なスドライバー施設が見えた。堂々と建っている各種施設や管制塔。先が反アーチ状のカタパルトが天へと伸びている。自然と人工物の融合がそこには広がっていた。

「すげぇ・・・」

感嘆の声を上げるユウヤ。マコトは目を輝かせながらうんうんと頷きながら携帯端末で写真を撮っている。

「どうです?[UNSDB]が主導設計・開発を行った種子島マスドライバー施設は?」

運転席から、バスに乗車する時にスズネ達を案内した男性・・・運転手が嬉しそうに笑いながら話しかけてきた。

「私も、お客様をお送りする度にこの景色を見るのですが、毎回この雄大さに感動を覚えてしまいますね。この仕事の密かな楽しみでもあるんですよ。あ、ちゃんと運転は安全運転なのでご安心ください。」

「そうなんですか。確かに毎回も目を奪われちゃうの、解るなぁ・・・」

運転手の話を聞きつつ、スズネは窓の景色をうっとりとした表情で見つめる。その後、三人とも景色に見惚れているのか、数分間誰一人としてしゃべらず、バスの排気音とエンジン音、タイヤが道路を走る音だけが車内に響いていた。ふと、思い出したようにスズネは運転手に聞いた。

「マスドライバー施設が見えたってことは、そろそろ着きそうなんですか?」

「ええ、そうですね。高速をお降りになったら十数分程で到着致しますので、それまでゆっくりとお寛ぎください。」

運転手の言った通り、高速道路を降りたバスは十数分程度でマスドライバー施設の入口に到達した。入口の門から入り、来客用の駐車場に停車するバス。「お疲れ様でした。」と運転手の一言と同時にバスのドアが開いた。スズネはバスから降車し、大きく体を伸ばした。先程、高速道路で見たマスドライバー施設だが、近くだとその巨大さが間近に感じられた。ユウヤも降車しながらまじまじと施設を観察する様に見つめ、再び感嘆の声を上げた。

「でけぇ・・・」

「ユウヤ、さっきから「でかい」とか「すごい」としか言ってないね。」

マコトは降車しつつ、笑いながらユウヤに向かって言った。ユウヤは、「いいだろ。凄いものは凄いんだし、でかいものはでかいんだから。」とマコトに文句を言いつつ、先に降りていた運転手から荷物を受け取る。二人のそのやり取りを見て、運転手は微笑んだ。

「そうですよね。凄いものは凄くて、大きいものは大きくて、格好いいんですよ。まさにロマンですね。おっと、お客様に対してこんな話を・・・。失礼致しました。」

マコトに荷物を受け渡しつつ、運転手は二人に向かって頭を下げた。ユウヤは「いいですよ、頭下げなくって。俺、かなり同意できますし」と、にこやかに答えた。マコトも「そんな頭を下げなくても・・・」と少しオロオロしつつ言った。そんなやり取りを横目に、荷物を地面に置いて、固まった体を伸ばす為に一人ストレッチを行うスズネ。ふと施設の方に目をやると、何者かがこちらに近づいてくるのが見える。近づいてくるにつれ、その者が女性だということが分かった。健康的な美人であるスズネとは違い、妖艶で大人な色気を持つ女性。胸には[JST]の社名ロゴと自らの名前が彫られたネームプレートがつけられている。

「失礼致します。三名様でお申し込みの若宮様で宜しかったでしょうか?」

女性は会釈をし、持っていた端末機器を確認しつつ笑顔でスズネに聞いた。スズネもストレッチの態勢から背筋をピンっと伸ばして会釈をし、「はい、若宮です」と答える。

「お待ちしておりました。この後、施設の方にご案内させていただきますが、宜しいでしょうか?」

女性は端末機器を操作し終えた後、スズネとその後ろの運転手と一緒に居るマコトとユウヤを見た。マコトとユウヤは肩に荷物を下げ準備が整ったと、スズネに向かって頷く。それを見たスズネは、自分も地面に置いた荷物を肩に下げ「はい、大丈夫です」と女性に答えた。

「承知致しました。では、施設へとご案内いたします。」

そう言った女性は運転手に対して会釈をした後、「若宮様、こちらです」と案内を始めた。案内に従い、女性と共に歩き出すスズネ。運転手にお礼を言い、スズネ達を追うようにして歩き出すマコトとユウヤ。そんな四人を見て、運転手は横に大きく腕を振りつつ、

「では、若宮様。宇宙への良い旅を!」

運転手の声が駐車場中に響き渡った。

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