サーモン・オブ・ザ・デッド
武州人也
第1話 鮭漁師・オブ・ザ・デッド
「いてっ! このバカタレが!」
船上に、
「どうした父さん」
「バカ鮭が噛みついてきやがった」
「分かった。今消毒持ってくる」
見ると、昭一の手から血が流れており、その血は床で跳ねているサケにも付着している。同じ漁船に乗り込んでいた息子の
そんなことがあった日の夜であった。家に帰ってから、昭一の様子は目に見えておかしくなった。
「父さん、顔青いぞ大丈夫か」
「ああ、今日はもう酒飲む気にもなれん。横になる」
昭一の顔は、病人のように青ざめていた。実際に具合が悪いらしく、このベテラン漁師は座布団を枕代わりにして床に寝転んだ。大好きな酒すら一口も飲まないのだから、きっとかなり調子が悪いのだろう。
「うわっ、すっげぇ冷たい」
正志が驚いたのも無理はない。昭一の額に手を当てると、その頭は死人のように冷たかったのだから。さすがにこれは、父の体がいよいよ心配になってくる。
正志は毛布を持ってきて父にかけると、妻や子どもらとともに食卓を囲んだ。夕飯を食べ終わり、さて食器を台所に持っていこうと椅子を立った時、昭一の口から妙な、くぐもった声が漏れているのが聞こえた。
「ん? 父さん……?」
心配になった正志が父に近寄った、その時であった。
「ヴァアアアアア!」
「うわぁっ!」
突然起き上がった昭一が息子に襲いかかり、床に押し倒して首に噛みついた。
これが、全ての始まりであった。
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