サーモン・オブ・ザ・デッド

武州人也

第1話 鮭漁師・オブ・ザ・デッド

「いてっ! このバカタレが!」


 船上に、昭一しょういちの野太い怒声が響く。投網でサケを獲ること四十年のベテラン漁師は、その皺だらけの顔をしかめていた。


「どうした父さん」

「バカ鮭が噛みついてきやがった」

「分かった。今消毒持ってくる」


 見ると、昭一の手から血が流れており、その血は床で跳ねているサケにも付着している。同じ漁船に乗り込んでいた息子の正志まさしが、すぐに消毒液を持って来た。

 

 そんなことがあった日の夜であった。家に帰ってから、昭一の様子は目に見えておかしくなった。


「父さん、顔青いぞ大丈夫か」

「ああ、今日はもう酒飲む気にもなれん。横になる」


 昭一の顔は、病人のように青ざめていた。実際に具合が悪いらしく、このベテラン漁師は座布団を枕代わりにして床に寝転んだ。大好きな酒すら一口も飲まないのだから、きっとかなり調子が悪いのだろう。


「うわっ、すっげぇ冷たい」


 正志が驚いたのも無理はない。昭一の額に手を当てると、その頭は死人のように冷たかったのだから。さすがにこれは、父の体がいよいよ心配になってくる。

 正志は毛布を持ってきて父にかけると、妻や子どもらとともに食卓を囲んだ。夕飯を食べ終わり、さて食器を台所に持っていこうと椅子を立った時、昭一の口から妙な、くぐもった声が漏れているのが聞こえた。


「ん? 父さん……?」


 心配になった正志が父に近寄った、その時であった。


「ヴァアアアアア!」

「うわぁっ!」


 突然起き上がった昭一が息子に襲いかかり、床に押し倒して首に噛みついた。


 これが、全ての始まりであった。

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