即興小説トレーニング集

名無しのGさん

裏稼業コンサルタント終了のお知らせ

お題:破天荒なコンサルタント 必須要素:ラストで死ぬ 制限時間:1時間

(2013.1)

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俺の依頼人は無茶苦茶な奴が多い。仕方ない。俺だって無茶苦茶な奴だと自覚はしているから似た者同士同じ匂いでも感じるんじゃないかと思っている。


職業はコンサルタント。ただ普通のコンサルタントじゃない。あまり表だってこの仕事をしています!と胸を張れるような、そうでなくてもこんな人たちが顧客ですだと初対面の人に自慢げに話すことすらできないような後ろ暗いことのあるコンサルタントだ。裏社会のコンサルタントである。

どこの麻薬が足がつきにくいだとか、あの組とこの組は近々ドンパチやりそうだからちょっと距離置いた方がいいとか、女を風俗に沈めるのをもうちょっと穏便にしないと流石にやり過ぎでサツにかぎつけられるぞとか、そういうちょっといけないお仕事のコンサルティングをやっている。


俺の依頼人は無茶苦茶な奴が多い。俺だって無茶苦茶だ。情報を集めていた部下が蒸発しただとかそういうのが当たり前というか、不思議でない会社に長年勤めているというだけで無茶苦茶だろう。

さて、今日来た依頼人は、錦蛇組の若様である。なにやら不穏な空気を醸し出している。会釈もそこそこに済ますと、依頼人はカミソリのような触れると切れそうな鋭い声を俺に投げつけてきた。


「以前、麻薬のルートをかぎつけられそうだから手を引け、と言ったな」

「ええ、流石に手を広げすぎて、もっぱら今街にあふれているのは錦蛇組のもの、と誰もが承知するレベルでしたしね」

「その助言は有り難かったが、お前はそのあと女郎蜘蛛組に助言したな」


睨みつける若様。怖い怖い。


「はて、なんのことでしょう」

「とぼけるな。錦蛇組が手を引いた麻薬のルート、女郎蜘蛛組に漏らしただろう」

「そんなことあったでしょうか、なぜ錦蛇組の若がそんなことを?」

「組みの若いもんが聞きつけたんだよ。そこの廊下でな、お前の事務所の、欲中の会話が聞こえたらしいぜ」


軽い金属音がして若様が銃を俺に突き付けてくる。思った以上に本気らしかった。


「知っていること全部吐けば指だけで勘弁してやるよ」

「穏便にはすみませんか?」

「済むぜ、お前の指10本で済むよ」

「それは穏便とは言いませんね」


顔には出さないが背中は冷や汗でびしょぬれだ。なんでこう無茶苦茶な依頼人が来るんだ。

部下は全員出払っている。俺の机の中には一応護身用のチャカが入っているが、机まで行く前に若様に打たれてあっけなく人生が終了するだろう。指十本なんて御免だ。命なんて尚更御免だ。


「若様、取引をしませんか」

「女郎蜘蛛組に錦蛇組を売っておいてか?虫のいい男だ」


ははっ、と軽く笑う目の前の男。目は笑っていない。


「女郎蜘蛛組の身内争いの詳細、とかいかがです?」

「身内争い?そんなもの、この町の裏の奴らはみんな知っていることだろう」

「所がね、違うんですよ。あれは私が女郎蜘蛛組と組んで流したデマです」


ぴくり、と眉が動く。これなら、いける。


「あなたの知っている身内争いは麻薬の販売に手をつけるかどうかで、それに反対する組長派と推進しようとしてる若派で対立している、という内容じゃないですか?」

「違うのか?」

「これ以上聞くなら私の命も指も保障してくださいよ。その物騒な銃を置いて。大体私のような鶏ガラみたいな男なんて銃なんてなくてもあなたに殴られたら一発KOでしょう」

「……ガセじゃないんだろうな?」

「命がかかっているのにガセを言ってぼろを出して死にたくなんてありませんよ」

「ふむ……聞くだけ聞こうじゃないか。命は保証しよう」


テーブルの上に銃を置く若。よし、いける。俺は生き残りたい。


「ありがとうございます。……女郎蜘蛛組の身内争いの本当の理由は、世継ぎの存在ですよ」

「女郎蜘蛛組の組長に男の子供は一人しかいないはずだ」

「そこなんです。隠し子がいたんですよ、女だといって隠ぺいされていたんですが、実は男だった、と」

「確かに以前そんな話があったな」

「ちょっと待ってくださいね、机の方にその隠し子の写真もあるので」


そろり、と机の方へ向かう。ギラリと睨みつけてくる若様。正直これは駄目な気がするがやるだけやらねば。


「これが、隠し子の詳細なデータですね。確かに女顔っちゃあ女顔ですが男だ」

「隠し子が今になって世継ぎとして担ぎ出されたのか?」

「ええ、ほぼ次の組長として確定していた今の若様派と、この隠し子を組長にさせて傀儡にしてやろうという幹部の一部の対立ですね」

「ふむ…」


20ページほどある資料をひたすら熱心にめくる若様。甘いな若造、俺だって云何年この裏社会を生き抜いてきたんだ。生きるためなら何でもするさ。

そう頭の中で高笑いをした後、俺は音もたてず机の中から銃を取り出した。安全装置を外し、資料を熱心に見ている若様に標準を合わせる。

ミスったらもう俺の命はない。そうさ、若様を行動不能にして、今この場を切り抜ければ、今夜中にでも夜逃げすればいい。震える手に叱咤する。


「一つききたいんだが、隠し子の母親の名前、これはノリコか?フミコか?」


若様がこっちを向く。今だ!今しかない!

俺の指は確かに引き金を引いた。標準も若様にあっていた。確かに、胸に当たるはずだった。

はずだった。

カチ、と絶望の音が鳴った。


弾切れ。


呆然として若様を見ると、錦蛇組の若様はにっこりと笑っていた。

怖いほどニコニコと、目も笑っていた。


しかし手には紙の束ではなく、金属の塊が握られており、銃口がこちらに向いている。


「全て、喋ってもらおうか」


その後は死にたくなるような目にあわせてやろう、嬲り殺してやろう、と笑いながら目の前の死神は俺を見据えている。


破天荒な裏稼業コンサルタント人生が終わりを告げた瞬間だった。


さようなら、そこそこ気にいっていた、無茶苦茶な人生。


全てを喋った俺は、錦蛇の死神の巣窟へと連行された。

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