異世界ほのぼの系ファンタジーの5話目くらいに入っていそうな話。題名はたぶん「花麴町二丁目のあやかしお宿」。
異世界ほのぼの系ファンタジーの5話目くらいに入っていそうな話。題名はたぶん「花麹町二丁目のあやかしお宿」。
異世界ほのぼの系ファンタジーの5話目くらいに入っていそうな話。題名はたぶん「花麴町二丁目のあやかしお宿」。
細胞国家君主
異世界ほのぼの系ファンタジーの5話目くらいに入っていそうな話。題名はたぶん「花麹町二丁目のあやかしお宿」。
「さあ、続いてまいりましょう! 町内のチャレンジャーたちが熱い戦いを繰り広げます、『わく☆わく クッキングバトル』。お次は皆さまお待ちかね、敗者復活戦!」
司会者が気合と共にマイクを握る拳を空に向かって突き上げた。天幕の下で、町内会の役員が会場を鼓舞するようにプラスチック製のメガホンを打ち鳴らす。観覧スペースから「いいぞいいぞ!」「がんばれー!」と野次や歓声が飛び交い、場内がいっそう盛り上がる。
見上げた空は淡い青色に澄んで高く、山の辺りに薄っすらといわし雲がかかっているだけでよく晴れていた。どこまでも平和な秋の午後。非番の今日は自室で積読していた本を片端から読み終えていくのだと幸せに満ちた予定を立て、今日という日を非常に心待ちにしていたのだ。
それがなぜ、俺は今こんなところにいるのか。
目の前には4脚の長机を合わせてテーブルクロスを掛けただけの質素な作業台。その上にガスコンロが2台。それぞれ「嵯峨野」「木内」と名前が書かれた白いガムテープが貼られ、有志のご近所さんから借り受けたものだということを示している。まな板や包丁、お玉と言った調理器具はおそらくこの行事に協力している地区の中学校が提供したのだろう。あまりに慎ましい設備の、即席野外調理ステージ。それが校庭の真ん中に4台円を描くように並べられ、期待に目を輝かせる観衆に囲まれている。朝礼台の前には放送機材を並べた本部テントと審査員席。3人の審査員は町内正副会長と中学校の校長先生だ。
カラオケ大会、運動会と交代で3年に一度開催される秋の町内行事、住民間で料理上手を競う、「わく☆わく クッキングバトル」。この敗者復活戦を勝ち抜いた一チームが決勝に進み、最後に残った3組の中で順位を争う。俺は「チームひなたの湯」として、かのこお嬢と二人で出場していた。
「それでは、復活戦に挑む挑戦者たちをご紹介しましょう!」
中学校の放送部員だろう司会者が、朗々とした声をマイクに向かって張り上げた。
「エントリー№6 晴れの日も雨の日も元気に営業、ふさふさのしっぽがチャームポイントの孤谷さんは夫婦での参戦です。チームこたに商事コインランドリー!」
司会者が一チームずつ紹介するたびに観覧スペースから声援と拍手が起こる。
「続いてエントリー№8 趣味はお菓子作り、椿中学校の家庭科部から参戦したのは2年生の仲良し二人組、愛理さんと千尋さんのチームちょこころね!
エントリー№11 こちらは個人での参戦です、見た目年齢32歳に反しておそらく誰よりも昔から花麹町に住んでいるという噂の年齢不詳の古本屋店主、堅洲ヶ原圭介さん!」
「最後にエントリー№13 名前の通り身も心もぽかぽかになる温泉宿からは和服の似合う次代若女将、かのこさんと頼れる仲居さんのた吉くんコンビ、チームひなたの湯!」
かのこお嬢が司会者のコールに合わせ、拳を青天に突き上げた。
「よっし、た吉。ここが勝負どころだよ!」
普段着の着物にたすきを掛けてエプロンをしたかのこお嬢が、やる気に満ちた笑顔を俺に向けた。かのこお嬢は俺が世話になっている温泉宿の娘さんで、来年から若女将になる予定の高校生だ。クッキングバトルにどうしても出たかったようで、休むという大事な用事のある俺を、非番だからちょうどいいと言って手伝いに駆り出した張本人である。
「絶対ここ超えて、決勝行こう!」
お嬢はくりくりした瞳で、呆れてお嬢を見上げている俺の顔をどうした?という感じで覗き込んだ。
「いえ……」
俺は一つため息を吐く。乗り掛かった舟だ。
「ここまで来たなら……絶対勝ちますよ。頑張りましょう」
お嬢は、その意気だ!とはしゃいで俺の背中を叩いた。
「さあ一体どのチームが決勝への切符を手にし、挑戦状を叩きつけることが出来るのでしょうか。制限時間は50分です。それではよーい……スタート!」
司会者の合図とともにタイマーが動き始める。それじゃ、まずは……
「それでお嬢、何を作るつもりですか?」
これまで早押し料理クイズ、同じお題の料理対決ときて敗者復活戦ではそれぞれが創作料理を披露する。彼女がどんな料理を計画しているのか。
「ふっふっふ、聞いておどろけ。その名も……ダムカレーならぬ露天風呂カレーだ!」
あー…………、なるほど。
「なに、その微妙な反応!」
「いや、お嬢の発想にしてはふつうに良いと思って」
確かに少し驚いた。たまにお嬢が新しい料理を考えたと言って俺に味見をさせに持ってくるのは、とてもオブラートに包むなら独創的過ぎて食べられたものではないからだ。つまりまずいということだけれど。
「なんだと、生意気だぞ私より年下のくせに!」
「旅館で働いてる歴は俺の方が長いんですよーだ」
そういうとお嬢はむぅ、といって頬をふくらませた。お嬢はこの言葉に弱い。
「露天風呂カレー……、つまりご飯で土手を作ってカレーを囲むんですね?」
そう聞くとお嬢はころりと表情を変えて笑顔になった。
「そうそう。そうしたら旅館っぽさもあるし、区切れば違う味のカレーを入れられるでしょ? 今回は2種類カレーを用意して、あとサラダとデザートを作るの」
「デザートは?」
「スピード牛乳プリン」
「いいですね。固める時間がいるので先にデザートだけさっと作って、カレーもすぐ作れるから煮込んでる間にサラダを用意して……」
そこで俺ははたと気がついた。一つ大きな問題がある。
「ご飯はどうするんですか? 炊飯器は使えないので土鍋で炊くんでしょうけど、吸水させたり蒸らしたりするのに時間かかりますし、大体コンロ2台しかないですよ。カレー2種類で埋まっちゃいますけど。それに俺、お米と土鍋を運んだ記憶はないですよ」
ちなみに今回必要な材料は全て参加者が自費で用意している。水だけは2ℓを3本、各チームに配布されている。ああ、詰んだ……。頭を抱えた俺になおもお嬢は表情を変えない。
「もちろん、私だってそこまでちゃんと考えてるよ?」
そういうとお嬢は、自分で運んできた箱を開け、土鍋を重そうに取り出した。
「復活戦が始まる前に時間を逆算して、米研ぎと吸水だけもう済ませてあるの!」
なんと。
「えぇ、お嬢が優秀なのが信じられないですけど……」
「まったく、た吉は~。私のこと見直しちゃっていいんだよ?」
「ひやひやさせないでくださいよ……。でもよかった、それなら大丈夫ですね」
タイマーに目をやる。残り時間48分
「そうしたらお嬢は唯一の得意料理牛乳プリンを作ってください。俺はお米とカレーの具材を担当します」
「おっけーい!」
俺はお嬢から受け取った土鍋を机に置き、蓋を開けた。その時。
米が跳び出して俺の顔にアタックしてきた——は?
なんだそれ。そんなことある?
俺は何が起こったのかわからないまま地面に尻もちをついていた。俺の顔にとびかかってきたものは——
「おもちねこ!」
お嬢の驚いた声が響いた。起き上がると蓋は割れていないようでほっとする。お嬢はといえば、なにかじたばたするものを抱え込んでいるようだった。
「何が起こったんですか、今……」
お嬢の腕に抱えられているのは、つるりとした奇妙な質感、ぽってりとしたフォルム。
「おもちねこ⁉ お前まさか」
昔お嬢がどこかから拾ってきて飼っている、猫のようなもの。米が好物ですごい量を食べる。生でも炊いてあっても食べる。俺は猫とは認めていない、猫の耳と尻尾をはやした、白い謎の生物。
あわてて鍋を覗き込む。嫌な予想が的中した——中は見事、空だった。どうやらお嬢が準備しておいた米をすっかり平らげ、そのまま中でぐうすか寝ていたらしい。
「やってくれたな、お前ー!」
「おや、何があったのでしょうか。チームひなたの湯にトラブルがあった模様! ねこちゃんが場内に乱入しています!」
司会者が楽しそうに実況した。会場が沸く。計りでボウルに粉を計っているちょこころねチームの二人がその手を止め、興味津々にこちらを見ていた。俺はお嬢に近寄っていった。
「どうしたの、こんなところまでついてきて。うぅ、かわいいなお前は~」
暢気に猫もどきに頬ずりしているお嬢に、俺は言った。
「どうしたもこうしたもないですよ、お嬢。そいつお米みんな食っちゃったんですよ!」
「ええ! そうなの、おもちねこ?」
おもちねこは我関せずといった顔でにゃあと鳴いた。
「もう、このいたずらっ子め! まあ、でも好きなんだからしょうがないよね。私もこの前夜中にこっそりカステラ食べちゃったし。許す許す!」
「何許しちゃってるんですか。カレーはどうするんですか?」
そう言うとお嬢は、そうだなあ、と困ったという顔をした。
「んー、でも食べちゃったものはしょうがないし……。とりあえず仲直りして?」
ずいと俺の顔の前に抱き上げたおもちねこを突き出した。ぽよーと体が伸びきっているそいつと睨み合う。が、ぷいとばかりにそっぽを向かれた。
「ふてぶてしいやつ……」
どうも昔から俺とこいつとはうまが合わない。なぜお嬢がこんなに気に入っているのか、皆から可愛がられているのか理解できない。長年の謎。
「あっ」
おもちねこは身を捩らせてお嬢の手から抜け出すと、悠々と去っていった。俺はため息を吐いて作業台の前に戻った。
「で、どうします? 時間もだいぶ減りましたけど……」
タイマーが示している残り時間は41分だ。他のチームも着々と進めている。
「孤谷夫婦チームは早くも小鉢に一品目が完成です。なんとも鮮やかな手並み! チームちょこころねが作っているのは何でしょうか。熱心にボウルの中身をかき混ぜています。堅洲ヶ原さんは……おおっと、カツのようですね。油を火にかけております」
何はともあれ材料も限られているのでメニューを完全に変えることは出来ない。とりあえず俺は野菜の下処理を始める。
「お嬢も、ひとまずプリンを作ってしまってください。時間もないので手を動かしながら考えましょう」
「チームひなたの湯はようやく料理に取り掛かることが出来ました……ここから巻き返しなるでしょうか!」
さて、どうするべきか。材料とも照らしてお嬢に確認したところ、作る予定のカレーは野菜のあっさりカレーと、トマトベースのバターチキンカレーだ。辛口と甘口。作る分には問題はない。包丁捌きは旅館で教わりそれなりに早い方だと自負しているし、肉と玉ねぎさえしっかり炒めてしまえばあとは煮込む時間が確保できればいいだけだ。しかし。
「カレーは作れますけど……作ってどうします?」
会場外に食材などを取りに行くのはルール違反だ。食べられてしまった今、ご飯は諦めるしかない。
「さすがにカレーを単体で食べるのはきついですよね」
「そうだなあ……。なんか別のものとか作れたりしない?」
「スープとかシチューみたいなのにします? 調味料はとにかく色々持ってきてあるので何とかなるかなと思うんですけど。あと思いつくのは肉じゃがとか……でも鶏肉で肉じゃがってなんかあれですよね」
「た吉は肉じゃが牛肉派かぁ。鶏でも普通においしいよ」
「そういう話をしてるんじゃないです」
「んー、それでもおいしそうだけど弱いなあ。たぶん孤谷さんたちの系統と被るし、そうなると私たちに勝ち目はない……」
「それもそうですね。惣菜2品とプリンっていうのも変ですし」
野菜はみんな切り終わりトレーに載せてしまったが、料理が決まらないとここからは進めない。お嬢のプリンは完成したようで器に取り分けている。あとはクーラーボックスの中に置いておくだけだ。他のチームは順調にいい匂いを漂わせ始めている。
「ちょこころねチームの台からはだんだんと甘い匂いがしてきました。孤谷夫婦チームは次々と品数が増えていきます……お酒が進みそうなレパートリーです。堅洲ヶ原さんの台ではカツを上げているぱちぱちという小気味よい音がしています。ひなたの湯でも一品出来たようですね。思わぬハプニングもありましたが、方向性が定まったのしょうか?」
いいえちっとも定まっていません。
ぐるりと他の参加者の様子を見回すと、すぐ隣の台を使っている圭介さんと目が合った。圭介さんは微笑むと
「ずいぶん難儀しているようだね」
と言った。
「そうなんです。あの猫もどきが……」
と愚痴をこぼすと、彼は快活に笑った。
「まあまあ、彼女にもいろいろあるのさ。許してあげてくれ」
圭介さんはおもちねことは呼ばずに必ず彼女と呼んだ。おもちねこも彼のことは苦手なのか圭介さんが姿を現すとすぐ何処かへ行ってしまう。案外彼にはあの猫もどきの正体が分かっているのかもしれなかった。少なくとも俺たちはあれは猫ではないという見解で一致していた。
「そういえばこの前た吉君が探していると言っていた本を店で見つけたよ。取っておいてあるからいつでも来てくれ」
「あ、ありがとうございます。じゃあまた伺いますね」
先日彼の古本屋でレシピ本やらいろいろ買っていったときに、読んでみたいと思っている本の話をしたのだった。
何の話してるの? とお嬢が口を挟む。
「こんにちは、かのこさん。調子はどうかな」
「こんにちは。へへ、……まぁだ負けませんよぉ」
お嬢の苦しい返答を正直に受け取ったのか、圭介さんはいい勝負になりそうだね、と相変わらずの優しそうな顔で頷いていた。
「そうだ、こんなものでよければあげよう。たくさん余ってしまったからね」
「え?」
圭介さんが渡してきたものは、パン粉だった。
「おや、チームひなたの湯は敵チームから食材を手に入れた模様。確かに会場内でのことなのでルール違反ではありません。勝負の行方はどうなるのでしょう?」
すかさず司会者が実況を入れる。
「ありがたいですが……俺たち揚げ物をする準備はしてないですよ」
「なんでも無いよりはましさ。意志は固く、頭は柔らかく、だ。新しい本もいろいろ仕入れたからね。また店に遊びにおいで。かのこさんも」
あまり本を読む習慣のないお嬢は曖昧な笑顔を浮かべて、ありがとうございます、と言った。圭介さんはそれ以上何も言わず自分の料理に戻っていったので、仕方なく俺たちも戻る。
「何もらったの……パン粉?」
「これどうしろって言うんだろう……」
「さあてねえ。というか、た吉やっぱり堅洲ヶ原さんのところに入り浸ってるのね。この前は何を買ったの?」
「レシピ本ですよ。料理のレパートリーを増やしたくて、和食以外のも載っているやつを」
「和食以外、かぁ。うちはほとんど和食だもんね。たまにはピザとか食べてみたいなぁ。この前友達がね……」
そう言いかけたお嬢の目がぱあっと輝いた。
「思いついたよ、た吉! ご飯じゃないのでカレーを食べるの。ナンとか!」
「なんとか?」
「ナンだよ、知ってる? インドカレーとかで食べるあの、びよーんってした……」
そう言って空中にふにゃふにゃした逆三角形を指で描く。
「あー、なるほど……。でも、お嬢」
「なに?」
「それ、どうやって用意するんですか?」
いいことを思いついたと得意げだったお嬢がしゅんとする。
「無理だね……」
ご飯以外でカレーを食べる、というのは確かに盲点だったが、残念ながら作れなくては意味がない。と、その時、頭にふっとあるアイデアが浮かんだ。
「あ」
「なになに? 何か思いついたの?」
「カレートースト」
「カレートースト?」
俺はゆっくり頷く。
「そうです。レシピ本で見たんですけど、残ったカレーはカレーうどんもいけど、トーストと一緒に食べてもおいしいって書いてあったんです」
「そうなんだ、今度やってみよー……って、た吉、食パンもここには無いよ?」
「お嬢、パン粉が何でできてるか知ってますか。パンからできてるんですよ」
「……え、まさか、ええ……? そんなことできるの? 調理方法知ってるの?」
戸惑うお嬢に、俺は大丈夫と言った。たぶんこの時の俺は、ナンっていったときのお嬢と同じくらい笑顔になっていたと思う。
「できますよ。パン粉を、パンに戻します」
それから俺たちは大急ぎで予定通りカレーを作り、パン粉を牛乳で戻してフライパンで焼くという安直かつ雑な方法でなんちゃって食パンを作った。プレートの上に別種のカレーの入った小鉢をふたつと食パンをのせ、サラダと牛乳プリンを添えてぎりぎり制限時間内に収めることが出来た。
そしてすべての結果発表を終え、表彰式も終わった帰り道。
「あー、5位か! 惜しかったなー」
「惜しいですか?」
結局孤谷さんたちのチームこたに商事コインランドリーが決勝への挑戦権を手にし、見事2位に輝いた。圭介さんのカツサンドも甲乙つけがたかったようで孤谷夫婦チームとほぼ同点だったが、結果4位、俺たちが5位で次に家庭科部のスフレパンケーキが6位だ。
「んー、でもすごい頑張ったじゃん! 最初20チーム近くいたのにさ。た吉も途中からすっごいやる気だったし」
「いや、まぁそれは……」
せっかくの非番の日が、と乗り気でなかったのになんだかんだ乗せられてしまっていたのが何となく気恥ずかしくもあり、俺は言葉を濁す。というか20チームもエントリーしていたのか。気軽に参加できる早押しクイズの参加賞目当てのチームもいたようだったが、元来が行事好きの者がこの町には多いのかもしれない。毎年秋以外の花見や祭りなんかも含め欠かさずに開催され、それが何年も続いているのがその証拠だ。
「冷静に考えればトマトスープでも作ればよかったんですよね。トマト缶あったんだし、妙なものわざわざ作らなくてもそれだけでよかったんですし」
正直途中圭介さんの食パンが欲しくなったがしょうがない、必要分しか用意していなかったのだろうし、そもそも敵チームなのに余っているからといって分けてもらったのだ。ここまで予想していたのかと勘繰りたくなるが、特に何も考えずに本当に余っていたからくれただけのような気もする。
「そうかもね。でもおかげですごく楽しかったよ! まさか本当に作れるなんてなぁ。ほぼ、よく思いついたで賞の点数だったね」
「いや、まあお嬢のカレーが美味しかったからじゃないですか?」
「え、ほめてくれるの? めずらしい! あれ、もしかして照れてる?」
「やかましい、照れてないしほめてもないです」
「素直じゃないなあ、た吉は!」
お嬢の朗らかな笑い声が夕暮れの道に響く。柄にもないことを言ってしまった。なんだか奇妙にふわふわと浮かれたような気持ちのせいかもしれない。イベントになど今までほとんど参加してこなかったのに。
「ね、一緒に参加してくれてありがとうね」
そう言ってお嬢は、ふわりと俺に笑いかけた。
「いや……、俺も、少し楽しかったので」
「そう? よかった! あ、おもちねこ!」
突然横の路地から飛び出してきたそいつを、お嬢は笑顔で抱き上げた。お嬢の腕の中で、俺にやけに挑戦的な目線を投げながら、甘えた声を出す。
「お前のおかげでどきどきな敗者復活戦だったよぉ、まったくもう」
睨み合う俺たちには気がつかず、お嬢はおもちねこに頬ずりしている。
「来年はカラオケ大会かぁ……、そうだ、た吉!」
「何ですか?」
「来年のカラオケ大会、デュエットで出ようよ! 曲決めて練習してさ」
「それはお断りします」
「えぇー、なんでー?」
お嬢の言葉と同時におもちねこが鳴いた。カラスが家の屋根から飛び立つ。明日からはまた、忙しく旅館で働く日々が始まる。
異世界ほのぼの系ファンタジーの5話目くらいに入っていそうな話。題名はたぶん「花麴町二丁目のあやかしお宿」。 細胞国家君主 @cyto-Mon
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