紅葉ヶ丘高校 現代民俗学研究部
沓浦 行路
プロローグ 『スクエア』
蝋燭に見立てたライト付きキーホルダーの小さな灯りが部屋の隅から隅へと移動していくのをぼんやりと目で追いながら
放課後の部活棟の一室。ご丁寧に一つきりの窓を暗幕で覆った闇の中、今日会ったばかりで顔と名前も一致しない連中と肝試しに興じている。
なぜならここは『
だからなんだ——と、鞍馬は思う。
当たり障りない笑みを浮かべて熱の籠らない説明をしてきた部長が、へらへらと愛想笑いを浮かべながらこちらの顔色を窺う大男が、彫像のごとき無表情で自分に一瞥もくれず手の中で爬虫類を遊ばせていた不思議女子が、部の掲げた信条など単なるお題目に過ぎないことを物語っている。
要はこの現代民俗学研究部なる代物は齢30半ばにして自身の不甲斐ない教師人生を顧みた社会科教師の
灯りが二つ目の角を曲がった。
鞍馬から始まり大男に繋げて今は部長の番だ。鞍馬を入れて4人が次の角にいる者にライト付きのキーホルダーを渡していくから次の不思議女子で終わりとなる。
歓迎の意味(?)を込めてトップを務めることになった鞍馬の居た場所は空席となっているためそれ以上バトンは続かないのだ。
山小屋の一夜——或いはスクエアという怪談にちなんだ余興らしい。
『山小屋の一夜
雪山で遭難した4人の登山メンバーが山小屋で一晩を明かすため、眠り込んで凍死しないよう四隅に散って次の角にいる者の肩を叩いて回ることにした。それが功を奏して無事に朝を迎えることが出来た面々だが、よく考えてみればこのやり方では一周で終わってしまうことに気付いて青ざめるという話。
実は4人のほかに途中で力尽きて亡くなったメンバーの遺体を山小屋に運んでおり、その人物が仲間を助けるために『5人目』になってくれたという派生もある』
灯りが三つ目の角を曲がった。
小さく上下しながら移動する灯りを眺めながら、鞍馬は暗闇の向こうで歩行のリズムに合わせて揺れているだろう不思議女子の胸に目を凝らす。
頭の片隅に湧いたその卑しさへの自覚を鞍馬は鼻息一つで笑い飛ばす。それくらいの役得がなければとても付き合っていられなかった。部室と壁で隔てられたグランドから響いてくる野球部共の声出しが駄目になった右足に響く。
自分から陸上を取ったら何が残るのだ——?
入院時から飽きるほど繰り返した自問がまたぞろムクムクと頭をもたげる。馬鹿馬鹿しいと鞍馬は頭を振って雑念を追い払う。今は暗闇に目を凝らして頭の中を揺れる不思議女子の胸で満たしておけばいいのだ。そちらに集中しようとしたとき——、
灯りが四つ目の角を曲がった。
——終わりじゃないのか? 訝しむ間にも灯りは近付いてくる。これも含めて歓迎という訳かと思ったものの、幼稚なサプライズに付き合ってやる気分に鞍馬はなれない。
「いややや!
なにか言ってやろうと口を開きかけたとき、向こうの角で大男が叫んだ。鞍馬を担ごうというのならなかなかに迫真の演技だ。
「え? うち? なんもしとらんよ」
灯りの後ろからぼんやりした不思議女子の声が届いた。
その意味を理解した鞍馬の心臓がドクンと跳ねた。上がっていく心拍数に刺激された危機感が頭の中を焦りで塗り潰していく。
——あ、これはマズいかも。
だというのに、一方ではどこか冷静な自分が迫ってくる灯りの主が足音をさせていないことに気付いてしまうのだ。
「待って! 待って! 鯖戸さん! それ、誰に渡したの⁉」
部長が緊迫した声で不思議女子を問い質すに至って、いよいよ目の前の現実を直視せざるを得なくなった鞍馬は一瞬頭の中が真っ白になった。
そんな鞍馬に灯りが容赦なくどんどん近付いてくる。
「おい! どうすんだこれ! どうすりゃいい⁉」
半ばパニックになって叫ぶ。この期に及んで連中が頼りにならないことなど分かり切っているにも関わらず、突然の事態に鞍馬はその他に成す術がない。
咄嗟に逃げようにも文字通り右足が言うことを聞かないのだ。
「う、うわわ……うおおおおおお!」
大男が上擦った雄叫びを上げながら、一瞬何かを期待した鞍馬を裏切って明後日の方に駆け出す足音がした。刹那に大男を呪って鞍馬は運命を受け入れた。そして——、
灯りが目の前に——。
鞍馬は確かに『5人目』を見た。
悲鳴は、上げなかったと思う。
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