贈り物

細胞国家君主

贈り物

 これは高校時代の友人から聞いた話なんですけど。その友人の部活の先輩が、大企業に勤め始めて2か月くらいたった頃の出来事です。仮に彼女をAさんとしますね。

 Aさんが残業を終えて帰宅しポストの中を見てみると、チラシや請求書に混じって大手通販企業からダイレクトメールが来ていました。開けて中身を取り出すと、ギフトカードが一枚出てきました。ちょうど一週間後がAさんの誕生日だったので、それで送られてきたんですね。しかし、Aさんは首を傾げました。なぜなら誕生日にポイントがもらえたりというようなサービスはあったけれど、ギフトカードが送られてきたのは初めてだったからです。しかしそれについては、今年から新しくなったのかもしれないとAさんはあまり気にしませんでした。それよりももっと奇妙なことがあったのです。何かというと、そのカードには上限額が書かれていなかったのでした。

「これ、いくら分のカードなんだろう……?」

 まあ、試しに何か買ってみよう。不良品のカードなら使えないだろうから、使えなかったら問い合わせてみればいいや。そんな軽い気持ちで、欲しいなと思いつつも手が出なかった商品を注文してみることにしたわけです。

 支払方法はギフトカードを選択し、確定ボタンを押しました。しばらくして注文確定メールがスマホに届きました。

「ちゃんと使えたみたい……、でも残額は出ないなあ」

 なんとなく変だなと思いつつも、まあ便利に、ちょこちょことカードを利用して買い物をしていました。いくら使っても利用できなくなることはなく、残額も相変わらずわかりませんでした。

 残業が続く毎日で、Aさんは帰ってきてはすぐに寝てしまう生活を送っていました。ですので、父の誕生日が近づいてきていたので何か贈り物を、件の通販サイトで探そうと思いつつも忙しさに紛れてなかなか時間が取れないでいました。でも買うものの目星はついていました。またその夜も夕ご飯を食べてすぐ寝落ちしてしまい、床で目覚めました。時間を見ようとスマホをつけると、すでに日付が回ったところで、Aさんはため息をつきました。その時、通知が来ていることに気が付きました。

「あれ、通販サイトからメール来てる……」

 開いてみるとそれは、父にプレゼントしようと思っていた商品を例のギフトカードで購入したことを知らせるメールでした。まだ注文していないはずなのに、とAさんは訝しく思いました。いや、疲れすぎて記憶が無いだけで、寝る直前に注文していたのかもしれない。そうAさんは思いました。最近はそういうことが増えた。でも、まあ、忘れずに注文していたようでよかった。

「偉いぞ私……」

 ある日、Aさんがずっと気になっていた新作ゲームの発売日が告知されました。しかし、その発売の日時が勤務時間と被っていたんですね。もうこれは絶対買えないな、話題商品だからすぐ売り切れちゃうんだろうなと思って諦めていました。

 発売日当日、昼食休憩の時間になりました。課長がサッカーの試合中継を見ながら「いや、監督が代わってからこのチームのフォーメーションが良くなって……」と講釈垂れているのを聞き流しながら、Aさんは通販サイトのゲームの販売ページを開いてみました。

「やっぱり売り切れてる……。再販出るのいつになるかなあ」

 残念な気持ちを抱えて残業を終え帰宅したAさんは、通販サイトからメールが来ていることに気が付きました。開いてみると、欲しがっていたゲームの注文確定メールで、支払いは例のギフトカードでされていました。

「なんで? 買えなかったはずなのに」

 これは疲れていて覚えていないなどではない。販売が開始された時刻は確かに仕事をしていたのだから。明らかにおかしい、そう思いつつも、怖さより理由はわからないけれどゲームを買えたことの喜びの方を、Aさんは強く感じていました。きっと頑張っている私に神様がプレゼントしてくれた不思議なカードなんだ。上限無く欲しい物が買えるし、どうしても欲しいものは私の気持ちを汲んでカードが注文してくれている。たまの隙間時間に自由に通販で買い物をすることは、毎日仕事に追われているAさんのささやかな楽しみになっていました。

 就職して3か月が過ぎました。毎日毎日残業で必死に作業をしても仕事の量は減らず、むしろ増えているようでした。もう新人だからって甘えられない、早く仕事に慣れないと、というプレッシャーもAさんの心にのしかかって精神的にもAさんは疲れ切っていました。終電で帰宅して冷たいコンビニおにぎりひとつで夕食を済ませ、布団に倒れ込む。そんな生活がもう何日も続いていました。最近では通販サイトを開く時間もとれていません。

 今夜も終電で帰宅して、ベッドに倒れ込みました。

「ああ、きっつ……、もう死にたい……」

 そのとき、スマホに着信がありました。

「誰……?」

 開いてみると、見慣れた通販サイトからのメールでした。

「え、なんで? 何も買ってないよなあ……。欲しいもの何かあったっけ?」


 次の日Aさんは、部屋の中で首を吊って亡くなっているのを発見されました。前日の夜、スマホに届いたメールには、こう書かれていたそうです。

「ご注文ありがとうございます。

  注文商品:首吊り自殺  一点

  小計:      円

 お支払方法:ギフトカード」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

贈り物 細胞国家君主 @cyto-Mon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

前夜

★0 詩・童話・その他 完結済 1話