本当に大切なもの⑧



「ウォルシィラ、シール……頼みがある」



 この戦いに出る前に輝が話したこと。



「俺を『アルカディア』の敵に仕立て上げてほしい」



 その場にいた全員が、輝が口にした頼みに息を呑んだ。反発して声を荒げなかったのはそれぞれが冷静さを努めたからだ。



「〝神殺し〟として〝断罪の女神〟を殺すための『神葬霊具』を創る。そしてエクセキュアを殺して、アルフェリカと一緒に『アルカディア』を出る」


「……自分が何を言っているか理解していますか?」



 シールの声音は低い。色違いの瞳オッドアイが強い批難を宿している。



「〝神殺し〟の力は生命を魔力素マナに分解し、『神葬霊具』を創造する力です。その力を使うということは〝断罪の女神〟を殺すためにこの都市の人々を大勢殺すということに他なりません。『アルカディア』の治安を担う『ティル・ナ・ノーグ』の幹部たる私に、それを認めろというのですか?」


「認める必要はない。むしろ『ティル・ナ・ノーグ』として俺を否定してほしい」


「どうしてそんなことが言えるのですか!?」



 感情を露わにしてシールは輝の腕に掴みかかった。



「わかっているのですか!? 貴方は私たちに、貴方の敵になれと言っているのですよ!? 恩人に牙を剥けと頼まれて平気でいられると思いますか!?」


「それでも頼む。俺はアルフェリカを救いたい。夕姫も守りたい。だから、頼む」


「卑怯です……私が、輝の頼みを断れないってわかっていて……」


「すまない」


「謝罪など不要です……輝の馬鹿」



 縋りつくシールはそれ以上なにも言わなかった。握り締めた輝の腕に額を押し付け、さめざめと泣き啜る。


 湧き上がる罪悪感を押し殺し、ウォルシィラに視線を移した。



「それで、ボクには何を望むんだい?」


「創造した『神葬霊具』で〝断罪の女神〟だけを殺してほしい。お前の『神装宝具』なら俺がやるよりも確実だから」


「りょーかい。それだけ?」


「もう一つある」



 抱き締めていた夕姫の身体を放し、紫の双眸を覗き込んだ。



「夕姫を――頼む」



 彼女の好意を知っていながら、気づかぬフリをして甘え続け、また己の勝手気ままに振る舞い離れることを決めてしまった。


 残された夕姫は絶対に傷つく。だからウォルシィラに夕姫を支えてやってほしい。



「輝に言われるまでもないことだよ、それは。だけど――」



 輝の顔を引き寄せ、そのまま頭突き。額が割れたかと思うほどの衝撃に目の奥で火花が散った。



「決断したのはいい。だけど度し難い。夕姫を悲しませることがわかりきってるのに。夕姫も一緒に連れて行く。そう言ってのけるくらいの気概は見せて欲しかったよ」


「それこそ、ウォルシィラは許さないだろ」


「もちろん。夕姫まで世界の敵になってしまったら、夕姫の居場所もこの世界になくなってしまう。だから腹立たしいのさ。夕姫を守るためと言って夕姫に悲しみを飲むことを強要してしまうことがね。八つ当たり込みだから、軽い頭突きで済ませたわけさ」


「……かなり痛かったんだが」


「夕姫に強いる痛みに比べれば痛痒にもならないだろう?」


「そうだな」



 この程度の痛み、罰と呼ぶことすら烏滸おこがましい。今までの行いを振り返れば、地獄の釜で茹でられでもしないと釣り合わないだろう。



「夕姫は輝を止めようとしてるよ。一応、伝えとく」



 伝えるだけ。輝もウォルシィラも、夕姫が唱える異に耳を傾けるつもりはない。それを聞き入れることは彼女の安全と平穏を脅かすだけだとわかっているから。


 夕姫は泣くだろう。自惚れであってほしいと思うが、それを否定してしまえるだけの信頼がお互いにあると確信している。


 殺してしまった人よりも多くの人を救う。もう涙を流す人がいなくなるように。もう傷つく人がいなくなるように。


 そんな誓いを立てておきながら、少女たちには涙を流させている。


 〝神殺し〟ブラックゴッドではなく、黒神輝として生き続けるための誓い。


 それすらも捨てて。



〝神殺し〟ブラックゴッドを甦らせ、夕姫を守り、アルフェリカを救う」


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