本当に大切なもの⑦
〝断罪の女神〟を通して聞いた輝の言葉にアルフェリカは落涙した。
「なんで、どうして……?」
たくさんの人を殺した。『アルカディア』が敵に回って、憎しみのまま逃げ惑う人たちの首を刎ねた。多くの命を奪って、多くの不幸を生んで、多くの血で『アルカディア』を染めた。
エクセキュアの復讐のために、自分の自由のために、輝も夕姫も殺そうとさえした。
見捨てて良いはずなのに、見限って良いはずなのに、彼はまだあの約束を、嘘偽りなく口にした。口にしてくれた。
「離れたのは、あたしの方なのに……」
転生体というだけで他人に敵として扱われた。排斥され、遠ざけられ、独りで生きていくしかなかった。誰も助けてくれなかった。誰も手を差し伸べてくれなかった。
しかし彼は違った。これだけのことをした自分を守ると言ってくれた。
輝はあたしを助けてくれる。
輝はあたしに手を差し伸べてくれる。
溢れる涙が止まらない。胸を満たすこの感情は身を焦がすほどに熱く激しい。
輝の傍に居たい。輝に傍に居てほしい。
「そっか、ヒカルは、今度は選んだんだね」
隣でエクセキュアが悲しそうに呟いた。
本当はあの時もアルフィーを選んで欲しかった。選んでくれなかったことがどうしようもなく許せなかった。そのせいでアルフェリカを不幸にしてしまった。だからせめて今度はアルフェリカだけでも助けたかった。
エクセキュアの心。後悔が、願いが、悲しみが、安堵が、伝わってくる。
同じようにアルフェリカの心もエクセキュアに伝わっている。
「ごめんね、アルフェリカ」
「謝っても許さない」
「うん」
「でもあたしも人間を殺してる」
「そうだね」
「だから『アルカディア』が敵になったのはあたしとキミのせい」
「……うん」
「それに輝が巻き込まれるなんてだめ」
「殺すつもりだったのに?」
「殺すつもりだったけど、やっぱりだめ」
「そっか」
「そうよ」
「じゃあ信じてみるんだ?」
「ええ、信じる」
いまあそこで
この世界で誰にも必要とされないただの殺人機械。
アルフェリカ=オリュンシアもエクセキュアも、こんなモノは要らない。望んでいない。
だから――
「「助けて、
黒神輝として生きると決めたとき、二度とこの力は使わないと誓った。
もう涙を流す人がいなくなるように、もう傷つく人がいなくなるように、奪ってしまった命の分だけより多くの人を救う。
あのとき何も選べなかったから。そのせいで彼女を失ってしまったから。
せめてこの名に込められた願いだけは失わないようにと己に刻みつけた贖罪の誓い。
命を喰らって神を滅ぼす〝神殺し〟は死ななければならなかった。
〝神殺し〟では人間は救えない。黒神輝が目指した世界を創り上げることはできない。
人間として歩み、人間として進まなければ、そこへは絶対に到達できない。
だがそれではアルフェリカを守れなかった。黒神輝だけではこの不条理に抗うには力が足りない。
ならもしも〝神殺し〟であれば守れるのならば――
「
打ち立てた誓いを折り、忌み嫌った〝神殺し〟へと今一度戻ろう。
「――
リィン。
風鈴にも似た音を響かせて黒の波動が世界に広がった。波動を浴びた蒼天と大地が脈を打つ。
それは天と地が恐怖した証。
「う、うわあああああああああああっ!?」
どこからか聞こえる悲鳴。それを上げたのは一人の狩人だった。〝断罪の女神〟との戦場に果敢に乗り込み、この都市を守るために懸命に戦っている男。
身体が末端から形を失い、代わりに七色の粒子が立ち昇る。
それは万物を構成する
人体が崩壊する現象を目の当たりにし、そのあまりの出来事に放心する狩人たち。
始まったのは死の連鎖。
「ぎゃあああああ!? 俺の、俺の身体が
「ひぃいっ!? なんだよ!? なんなんだよこれぇええっ!?」
「い、いやだ! やめてくれ! たす、助けてくれぇ!」
波動を受けた他の狩人たちも
大気が震える。大地が戦慄く。世界が震撼する。叫喚の数だけ世界は極彩色に塗り潰された。
幻想的な美しさを持ち合わせ、同時に絶望と死を象徴する悪夢の光景。
生物として形を残している者は、神の力を宿す三人だけ。
何人死んだ? 何人殺した? どれだけの人間の未来を奪い、どれだけの悲しみを生んだ?
あらゆる場所から悲鳴が聞こえ、それが耳に届く度に心の古傷がじくじくと痛む。
それでも止まれない。この決意が揺らげば、奪ったものが無意味になる。
「黄泉へ下る御魂。怨嗟を紡ぐことも赦されず、終わりなき昏き旅路を歩め――」
輝の前に黒い魔法陣が展開された。それは暴食の権化の如く漂う
生命を喰らった魔法陣はその在り方を変質させ、質量を獲得してこの物質世界に顕現した。
さあ
さあ
さあ
「――
漆黒の大鎌。それは死をもたらす存在の象徴。人間を殺し、神を殺し、森羅万象を殺し尽くすためだけの――『神葬霊具』。
此処に在るのは黒神輝ではなく〝神殺し〟。生命を素材に神を殺す道具を生む黒き神。
「っ!」
漆黒の大鎌
その認識は正しい。
「鳴れ、
――キィン。
グラスを弾いたような小気味の良い音が響き渡る。
それはあらゆる術式を解きほぐし、
輝の首を刎ねんと振り被られた
〝断罪の女神〟を象徴する『神装宝具』であり、神をも殺せる『神装宝具』でもある
その根底にあるものは術式兵装と同じ。
質量すらも術式で維持されている神代の武具は術式を壊されればその形を保てない。
武器を失った〝断罪の女神〟を待ち構えるのは死を連想させる漆黒の大鎌。
切り裂くべきは彼女の右脚内腿にある神名の核。
だが〝断罪の女神〟はなお輝を上回った。
疾駆する〝断罪の女神〟がさらに加速。あえて懐に潜り込み、長物である
「チッ!」
無意識の舌打ち。近すぎて神名を狙えない。反射的に距離を取ろうとしたのは失策だった。
防御が間に合わない。
〝断罪の女神〟が輝の首を落とそうと迫る。
神を殺すための術式兵装である『神葬霊具』の力すらも上回る〝断罪の女神〟は本当に化物だ。
力及ばなくて助からなくてもいい。
輝以上の人なんて見たことがない。ここまでして守ろうとしてくれた人なんて知らない。そんな人にまた出会えるなんて思えない。ずっと裏切られてきて、やっと見つけた人なのに、この人を失ってまで、見つかるかどうかもわからない人を探して、この世界を彷徨い続けるなんて耐えられない。
それならここで輝の手にかかってもいい。
いま救われないなら、きっとこの先も救われない。
そう確信させてくれるくらい輝は特別なのだ。
「「だめ!」」
輝を死なせまいとして、アルフェリカとエクセキュアは叫んだ。
だからこんな奇跡だって起こせた。
「――っ!?」
声にならない驚愕は意思を持たないはずの〝断罪の女神〟のもの。
輝の首に
「そうか、まだそこにいるんだな」
アルフェリカとエクセキュアが〝断罪の女神〟を止めたのだと輝は確信した。
二人も戦っている。奪われた肉体を奪い返そうと〝断罪の女神〟の支配力に抗っている。
本来なら有り得ない。だがアルフェリカとエクセキュアの二人が協力して起こした奇跡。
無駄にするわけにはいかない。
〝断罪の女神〟を蹴り飛ばす。しかし同時に見えない拘束を振り解いた〝断罪の女神〟も輝に
蹴り飛ばされた〝断罪の女神〟の身体は宙に浮き、肩に刃を突き立てられた輝は血を流しながら倒れ込む。
宙に浮いた〝断罪の女神〟は動けない。千載一遇の好機。
だが背中から倒れた輝では追撃が出来ない。
故に輝は切り札である
「ウォルシィラァァァァァァ――――っ!」
血を流し、肺を潰され、幽鬼の如く立ち尽くしていた〝戦女神〟。
今にも光を失いそうな瞳に意志が宿り、託された漆黒の大鎌を握り締めて地面を踏み抜く。
身体はすでに死に体。俊足なれどその速度は先の戦闘とは比べるべくもなく遅く、〝断罪の女神〟は遥かにそれを凌駕する。
故に――
「血肉を啜り渇きを満たせ――
倒れる輝の詠唱。虚空より伸びた黒鉄の鎖が〝断罪の女神〟の四肢を拘束した。
〝神殺し〟がシールに預けていた第二の『神葬霊具』。
一陣の風が吹く。
〝断罪の女神〟と〝戦女神〟が交差し、大鎌を振り抜いたウォルシィラはその勢いのまま地面を転がった。
カラカラと音を立てて地面を滑る
〝断罪の女神〟の内腿にあった神名に一文字の裂傷が刻まれていた。傷そのものは大したものではなくとも転生体にとっては致命的な一撃。
彼女の体表から、七色の粒子が立ち上る。
それは崩壊の印。
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