遠く夢見たもの⑤
シールに提案されてから三人は別室に場所を移し、ティーカップが置かれたテーブルを囲んでソファに座っていた。
正面には目を赤く腫らした
隣には場違いなほど、にこにこと笑顔を浮かべるシール。
輝はエクセキュアと目を合わせることができなかった。罪悪感からどんな顔で彼女を見ればいいのかわからない。
叩かれた頬に手をやれば強張った感触が指先に伝わってくる。
沈黙に支配される前にシールが話を切り出した。
「先に確認をさせてもらいます。先ほど、輝は貴女のことをエクセキュアと呼びました。それはあの〝断罪の女神〟という認識で間違いないですか? 人間の言葉の真偽を判別でき、その者が背負った罪を見抜き、罪人には逃れること能わない処刑を行う執行者。生まれながらに原罪を背負う人類の天敵」
「そうだね。それが私で間違いないよ。それがどうかしたの?」
「いえ、これはただの確認です。本題は貴女と輝の関係ですが――」
輝とアルフェリカの二人は下を向くが、シールは構わず続けた。
「アルフィーという方が関係しているのは先ほどの話から推察できます。過去にお二人の間に何があったのか話して頂けませんか?」
あくまでシールが説明を求めている体裁を保ちつつ、しかし裏では二人が互いに向き合うことを目的に話を切り出す。
それを理解したエクセキュアがポツポツと話し始めた。
「私がアルフェリカに転生する前……アルフィーに宿っていたときの話だよ。ヒカルとアルフィーは恋仲だったの」
彼女の顔を見ているだけで、じくじくと胸の中が疼いた。
アルフェリカの容姿は記憶の中の彼女と重なる。銀髪を綺麗だと褒めたときの、あの嬉しそうな顔はいまも思い出す。
「羨んでしまうくらいに二人は仲睦まじかった。本当に幸せそうでアルフィーがそうしているところが私は大好きだった。だけど……」
エクセキュアは言い淀み、視線を輝に向ける。
「だけど俺は、アルフィーを見殺しにした」
助けることができたはずなのに。
「なぜ?」
シールに尋ねられてエクセキュアは口を開きかけたが、言葉は紡がれなかった。
自分では認めたくない。しかし嘘をつくこともしたくない。
そんな葛藤が見え隠れしている。
「アルフィーが人類の敵になってしまったからだ。それを止めるために多くの人間が彼女の命を狙った。俺は、それを止めなかった」
覚えている。世界が彼女の敵となった光景を。世界中が彼女に憎しみを向けたことを。
自分だけが彼女の味方で在れたはずなのに彼女を守らなかった。
後悔と共にその死が刻み込まれている。己の手にべっとりと赤い血のりがついていると錯覚するほどに。
「〝断罪の女神〟は相手の罪を見ることができる。けどそれは本人にとっては苦痛なんだ。ずっと見続けていると、こいつを殺さなければ、という衝動に支配される。ある程度は律することができても、いつかは破綻し暴走する。それが〝断罪の女神〟の性質だ」
その結果、街や都市は滅ぶ。人命など塵芥のように吹き飛ばされて、築かれた文明は粉微塵に瓦解して、地獄が顕現する。
自分で話していて、まるでエクセキュアに責任を押しつけているように感じて吐き気がした。
「自分の意思に関係なく人間を手にかけてしまうことに、アルフィー自身も苦悩していた。だから俺とアルフィーは誓いを立てた。殺してしまった人たちよりも――」
「殺してしまった人たちよりもより多くの人を救う。もう涙を流す人がいなくなるように」
輝を遮り、その誓いを口にしたのはエクセキュア。
「わかってる……わかってるよ! それがアルフィーとヒカルの誓いだってことは! そのためにたくさんの人間を救ったところも見てきた! アルフィーが暴走して、人類の敵になったのも、結局は
叶えられなかった願いにエクセキュアは、ぼろぼろと悲しみと後悔を瞳から溢れさせた。
「それでもアルフィーを選んでほしかった! 顔も知らない世界の誰かじゃなくて、ヒカルが愛したアルフィーを助けてほしかった! あの子はヒカルと一緒に居ることを望んでたのに! ヒカルはアルフィーの命と誓いとの板挟みで動けなくなって、その結果アルフィーは殺された!」
人類を見捨ててアルフィーを助けるか、アルフィーを見捨てて誓いを守るか。
その二択を迫られて輝は決断できなかった。
「そうだ。誰かがアルフィーを殺すとわかっていながら、俺は何も選べなかった。アルフィーを見殺しにした。その事実も、罪も、否定しない」
できるものか。
黒神輝は最愛の少女を選ばなかった。そうすることで彼女との誓いを守った。
せめてそう思わないと耐えられなかった。砕けそうな心を保つことができなかった。
「輝、それは詭弁でしょう?」
本当のことを言え。こちらを見上げる
話した内容は嘘ではない。だからシールも詭弁という単語を使った。
言えるわけがない。
自分が見捨てたのだ。それが自分の決断であり、その罪は自分で背負わなければならない。どんなに重くて押し潰されそうになったとしても、ずっとずっと耐えていかなければならない。
それを口にしたら十字架を背負うのは自分ではなくなってしまう。
「輝、私はちゃんと言葉にしろと言っています。貴方がアルフィーさんを見捨てたという本当の理由を。私は貴方が理由もなく大切な方を見捨てる者ではないと知っています」
シールは絶対に輝を逃がそうとしない。それが優しさであることはわかっていた。
心の奥底で楽になりたいとずっと思っていた。
だからその優しさに屈してしまった。
「アルフィーが……死を願った。殺して欲しいって、言ったんだ……」
そうだ。黒神輝に殺してほしいと。彼女はそう願ったのに。
彼女を手にかけることがどうしてもできなかった。
もっと一緒に居たいと望んでいたことは知っていた。死にたくないと願っていることもわかっていた。
だけどそれは許されないと彼女は諦めた。
選択を彼女に押しつけ、彼女の願いも幸せも踏み躙り、全ての代償を最愛の者に支払わせておきながら。
せめてもと、彼女が最期に願ったことすら輝は応えることができなかった。
平手打ち程度では済まされないほどの罪を犯した。
言葉にならない罪悪感が心を潰す。
「……お二人とも、辛い出来事だったのによく話してくれましたね」
まるで子供を慈しむ母のように、優しい眼差しでシールは二人を見つめた。
「アルフィーさんは輝に死んでほしくないと願っていたはずです。お二人もそれは気づいているのではありませんか?」
彼女がそう思うであろうことはわかっている。だけど――。
シールはすっかり冷めきったカップのお茶を口に含んで。
「罪人の処刑が〝断罪の女神〟の性質なら、輝もアルフィーさんの手にかかったでしょう。そうならないように、輝に生きていてもらうために、アルフィーさんは自分の命を捨てたのではないですか? その想いは彼女に宿っていた貴女の方がわかっているのではありませんか?」
「そう、だね」
「貴女は輝にアルフィーさんを選んでほしいと言いました。それは大好きな彼女に生きていてほしかったからではないですか? 同じようにアルフィーさんも輝に生きていてほしかった」
シールはその幼さに似合わない穏やかな微笑みを浮かべて。
「だって愛しているのですから」
好きだから生きていてほしい。ただそれだけなのだ。
エクセキュアもそう願い、アルフィーもそう願い、そして輝だってそう願っていた。
そしてアルフィーの願いだけが叶えられた。
「誰も悪くないんです。貴方たちは悩んで苦しんで、自分に出来ることを尽くしました。その結果は不幸なものですが、それでも貴方たちは罪を感じてはいけません。そうでないとアルフィーさんが浮かばれません」
エクセキュアは顔を覆う。その指の間からは流れ出る涙が零れ落ちていた。
啜り泣く彼女の姿が少しぼやけて見えたような気がした。
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