限られた陽だまりの中⑦
人間では神に勝てないと誰かが言った。神に対抗するには同じ神の力ではならないと。
断じて違う。神の力は強大だが万能ではない。人間の力で届かない頂きではない。
この身はそれを証明しなければならない。神の力になど頼ってはならない。
神の力に頼ったから、あの悲劇が起きてしまったのだ。
繰り返してはならない。人間の力で神を超える。
そうでなくては――黒神輝である意味がない。
右手のシリンジを砕く。その瞬間、途方もない魔力が吹き荒れた。
「
――術式の名前は
力無き弱者は力を求める。大切なものを守るために。世界の理不尽に抗うために。
思い描け。苦境に打ち克つ力を。相手が神と豪語するのなら、それを凌駕する力を幻想しろ。
蒼の魔法陣が空間に投影される。膨大な魔力が圧縮され、光度を増していく。
「
――術式の名前は
偉業を成した英雄はその証を持つ。幾度の死線で刻んだ傷を。逆境を覆す強き意志を。
諦観するな。揺るがぬ意志を形に成せ。
足りない魔力を流血の魔力で補う。鮮血の魔力を吸った魔法陣が赤光する。臨界を迎えてなお【強化】された術式が金切り音を上げた。
「
――術式の名前は
探求する愚者は世界を識る。自らを壊してでも。己を失くしてでも。
知識を
世界がなくなる。自己がなくなる。境界を失い互いの全てが同化する。
再び情報の津波が押し寄せた。
意識が途切れるその前に、輝は術式を起動させた。
「
全身が熱い。呼応するかのように魔法陣が大きく脈打ち、再び蒼色へと変わった。そして数えるのも馬鹿馬鹿しく思える数の魔法陣が暗い星空を蒼く染め上げる。
それを目の当たりにしたザルツィネルの顔に初めて焦りが浮かんだ。
魔法陣一つ一つから巨柱のような光の
「馬鹿なっ。人間如きがなぜここまでの力をっ!?」
数で勝る光柱が一切の慈悲なく、獣のように残酷に、悪魔のように冷酷に、敵を
その場にいた全員がこの世のものと思えない光景に言葉を失い、呼吸すら忘れてただ茫然と見上げていた。
「う、ぐ……おの、れ……」
やがて注ぎ込まれた魔力が尽きて魔法陣が消失し、それでもザルツィネルは生きていた。
致命傷を負っていながら、輝の持つ最強の魔術を受けてなお原型を留めているというのは、それだけ化け物じみている。
だが
しかしそれは輝も同じ。
「蒼の眼、そうか……見覚えがあるぞ。〝神殺し〟……現存しておったか」
その声には怨嗟が含まれていた。
「……この肉体も程なく死する。まっこと口惜しい。だがせめて、汝の命を手向けとして貰い受けるぞっ……」
ザルツィネルは口の端から血を零しながら力なく笑みを作った。収束した魔力がザルツィネルの額で雷電に変わる。
先程までの雷撃に比べれば威力は格段に劣るだろう。だが輝一人を殺すには余りある。
血のストックはもうない。身体はもう動かない。防ぐことも躱すこともできない。
幻視した一秒後の死を、白銀の閃きが斬り裂いた。
「あなたには渡さない……ヒカルは、あの子にとって大切な存在なんだから」
聞こえてきたのは背中にいたずの少女の声。剣を振り抜いた姿勢で、ザルツィネルの前に立っていた。
ザルツィネルの神名に一筋の裂傷が刻まれている。血塗れになって、輝以上に満身創痍の身体で、転生した神にとって決定的な一撃を彼女は与えていた。
「――――――――」
ザルツィネルが最後に口にしたのは呪詛か悪態か。それを知ることは叶わず、金色の瞳から生気が失われ、呆気なく事切れた。
天へと昇る七色の粒子に照らされて、銀髪の少女は佇む。幻想的な光を纏う姿は紅に染まっていても美しいと思えた。
少女はそのまま崩れ落ちた。もとより瀕死の身体。限界などとっくに迎えている。
それは輝も同じだった。
少女の安否を確認できないまま意識を手放した。
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