身代わりの毒姫はいっぱしの悪女になりたい ~顔がそっくりという理由で死ねと仰られても毒は効きませんので。悪女の道を邁進していたら本人そっちのけの溺愛ルートに入ってました~
episode17.悪女目指してるんですが
episode17.悪女目指してるんですが
結局、最後までセレニアが乗り込んでくることはなかった。伯爵夫妻もあれ以降は目立った動きはない。グレンを敵に回すと、騎士公爵家が動くと思ったからだろう。セレニアのせいで評判が地に落ちている伯爵家にとって、それだけは是が非でも避けたいはずだ。
最後の客人の見送りが終了した伯爵夫人は、物言ったげに
話しかけてはこない。
かわりにグレンに向かって礼「婚約解消の事は残念ですが、娘が決めたことなので仕方ありませんね」と、さっきの激高はどこへやら、猫撫で声でグレンにすり寄っている。セレニアが婚約者という立場を失ったので、今度はグレンの友人ポジでも狙っているのだろう。
「俺は、アマシアという少女に対して行った伯爵家の行動に強い遺憾の思いを抱いています」
「いいえそんな!! あれはあの娘が勝手にしたことで、伯爵家は関係ありませんっ!」
いまだにアマシアを
グレンはあからさまな嫌悪感を見せて、吐き捨てた。
「あなたという人は、なぜ自分の娘が行った過ちの責任を取ろうとしないのです? あなたの娘は、いたいけな少女を殺そうとしたんですよ」
「わ、分かりました! しゃ、謝罪を致します。申し訳ございませんでした、すべては我が伯爵家に責がございます!!」
夫人は、呆然と突っ立っていた伯爵を無理やり引っ張り出し、平伏するように促した。そのあと鬼の形相で
「うんざりです、夫人。あなたは自分の娘の顔も分からないのですか」
「え……?」
夫人は、いま娘だと思って掴もうとした少女を見た。
「うそ、でしょ。セレニアじゃない……」
「お母様…………」
「セレニア!?」
伯爵夫人のもとへ来たのは、赤色のドレスを纏ったセレニアだった。
目に光がない。
呆然自失。母親が目の前で自分とアマシアを間違えたから、相当ショックだったのだろう。
伯爵夫人は口もとに手を当てて、顔を青ざめさせていた。
「……夫人はどうやらお疲れのご様子ですね。どうぞ、伯爵は夫人を連れてお部屋にお戻りください」
「あ、あぁ。そうだな、私もそう思うよ。で、ではグレン様、三週間のご滞在お疲れ様でした。みっともない姿を見せてしまい申し訳ないが、これで失礼させてもらう……」
やや呆れの混じった声でグレンが促せば、同じく顔を青ざめさせた伯爵が夫人に肩を貸し、パーティ会場から退場した。
残されたのは、アマシアとグレン、心ここにあらずのセレニアと、遅れてやってきたファルベッドの四人。
「セレニア様。聞いていた通り、俺はセレニア様と婚約を解消するよ」
「…………えぇ」
「さきほどは夫人に謝罪を求める形になってしまったが、大人なら責任はセレニア様が負うべきもの。今すぐにでも父に連絡し、あなたを捕縛することもできる。俺自身、アマシアを傷つけようとした罰は相応に受けるべきだと思っているからね。でもアマシア自身がそれを望まない事と侍女長の顔に免じて報告はしないことにした」
アマシアは毒を食べても平気だということは、あえて言わない。異形の子である秘密は守ると誓っており、公表する必要がないから。
それにアマシア自身は、ある一つのことを除いて、そこまでセレニアに憎しみは抱いていない。毒は栄養だからむしろラッキーだし、彼女がいなければグレンと会うことも、ファルベッドに令嬢教育を受けさせてもらうことも出来なかったからだ。
「なぜここで、ファルベッドが出てくるの?」
「あなたの侍女長は本当にあなたの事を思っている、ということだよ。侍女長のファルベッドさんは、伯爵家とあなたを守るために俺との取引に応じた。酷いことを言われたりされたりするのを知っていたのに、だ」
「…………」
思い当たることがあったのだろう、気まずそうな顔でファルベッドを見上げるセレニア。
ファルベッドは小さく首を振る。
「わたくしが、セレニア様の事を理解しきれておりませんでした。きっと、わたくしの厳しすぎる教育が、こんな結末を生み出したのでしょうね」
「ファルベッド……」
「とはいえ伯爵家の令嬢たる者が、完全な無罪放免というのも騎士公爵家に借りを作っているような気がして不満でございます。そこでセレニア様には、半年ほど修道院で修行するというのはいかがでしょう」
「なるほど、それもいいね。少しは心が清らかになりそうだ」
グレンが小さく笑うと、ファルベッドはセレニアの肩に手を置き、少しだけ屈んだ。
「わたくしもご一緒に修道院に参ります。ええ、わたくしはセレニア様の優秀な侍女なのですから、一生お傍におりますよ」
「ファルベッド、私っ!」
「わたくしにではございません、言うのならグレン様とアマシア様に」
アマシアは、少しだけ背筋を伸ばす。
自分と瓜二つの顔が目を赤くしているのを見ると、変な気分になる。
「私……」
「歯ぁ食いしばってくださいッ!!」
アマシアは、セレニアの頬に思い切り強烈なビンタを叩き込んだ。
あまりの突然の事で、ファルベッドやグレンがぽかんと口を開けている。
でも、アマシアは気にしなかった。
右手がじんじんするけど構わない。
今までずっと我慢してきたのだから。
「わたしのことを殺そうとしたとか、人の手柄を横取りしようとしたとか、そんなこれっっっぽっちも、気にしていません。本音を言えばちょっとだけ気にしてますけど、聖人じゃないのでほんのちょっとだけしてますけどっ!!」
「「気にしてるんだ……」」
「人を罵って、自分だけが気持ち良くなればいいとかバカなんじゃないんですか!? 貴族? 伯爵家? それがなんだって言うんですか、罵られた方は一生その傷を負っていくんですよ!! 爵位は、人を
アマシアは《異形の子》だったから、周りの冷たい目や嘲笑をよく知っている。
辛くて、どうしようもなく苦しくて。
でも、シスターがいてくれた。孤児院の子どもたちが癒してくれた。
だからアマシアは、とてもまっすぐで良い子に育った。
「わたしのことなんてどうでもいい。グレン様に謝ってください」
「えと…………」
「謝れ!!」
「は、はいぃ!!」
アマシアの気迫に圧されて、セレニアは大慌てでグレンの目の前に立つ。
グレンの表情は硬い。
「醜いなんて言ってごめんなさい……」
「もっと大きな声で!」
「ご、ご、ごめんなさいっ!!!」
「…………ふっ」
グレンは、堰が壊れたかのように腹を抱えて笑い始めた。
アマシアとしては、真剣だっただけに少し腹が立つ。
「なんで笑うんですか!?」
「いやぁごめんごめん。セレニア様に言おうとしていた罵詈雑言の数々が、まさかこんな形で封じ込められるとは思わなくて。さすが俺を救った天使だね」
「えーダメですよ、さすがのグレン様でも許しません」
(あと天使じゃなくて悪女になりたい人なんですけど……)
アマシアの膨らんだ頬を見て、グレンは愛おしそうに目を細める。
「じゃあ、とりあえずこの話は終わりにしようか。アマシアに大事な話があるんだ」
「わたし?」
(グレン様の大事な話ってなんだろう……? お別れの挨拶、とか? 考えたくないけど……)
──そのときだった。
何かが焼け焦げたような匂いが、アマシアの鼻腔をくすぐった。
「た、大変です!! え、え、セレニア様が二人!?!?」
パーティ会場に突然やってきた侍女が、扉を開けた瞬間にそんな事を言う。
確かに似ているとは自覚しているけれど、正直間違わないでほしい。
「どうかなさったのです?」
「屋敷がっ!! 屋敷が、火に包まれております!! 何者かに火をつけられました!!」
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