episode04.悪女宣言
お屋敷に来た翌日。
初日のアマシアは、ファルベッドから激烈な
勉強なんて後回し。とにかく見た目だけでもセレニア本人に見えるようにするためだ。ファルベッドは文字通り命を懸けるくらいの勢い。目が血走っていたので「お嬢様の身代わりをたてる侍女長も大変なんだなぁ。ご苦労様です」と妙なところで納得してしまい、アマシアもふざけることなく大真面目に取り組んだ。
その甲斐あってか、遅いながらも少しずつできるようになってきた。
裁縫や靴磨き、料理などとはまた違う辛さと楽しさがある。
レッスン中、アマシアは気になることを一つファルベッドに聞いてみた。それは、シスターのことだ。シスターは豪胆な性格だが、自分の過去をひけらかすようなタイプではない。別人かもしれないと思っていたが、ファルベッドの口から出てきたシスターの名前に引っ掛かりを覚え、とても気になっていた。
ファルベッドはあからさまに嫌そうな顔をしていたが、イザミナという女性のことを語ってくれた。
「イザミナ……彼女は、女性であるにも関わらず剣術と勉学を好んでおりました。気が強く大胆で、強い騎士とともに汗を流す日々。わたくしからすればありえません。女性というのは、もっと淑やかで気品あふれ、歌と
「もしかして、魔法具を作るのが得意だったりしませんでしたか?」
「ええ。彼女は魔法具などという品のない物を作っていましたね。殿方が作れればご立派なものですが、同じ女性が作っていたなど……考えとうもないですね」
魔法具は職人が作るもの。
高貴な女性が作るものではないと思っているらしいファルベッドは、苦々しげに吐き捨てる。反対にアマシアは、ファルベッドの言っている「イザミナ」という女性が、孤児院を運営している「シスター」と同一人物であることが分かり、感極まっていた。
シスターはかっこいい女性。剣術も扱えるし魔法具も作れ、貧しい子どもたちのために温かい食事と毛布をくれる。やっぱりすごい人だと、改めて思う。
「あの女は本当の『悪女』です。悪い女性の見本です。あぁ、セレニアお嬢様がその時代に生まれていなくて良かった。あんなものに感化されて、セレニアお嬢様がそのような道に進まれたら、誉れある伯爵家の名が泣きます」
「決めました、ファルベッドさん!」
「はい?」
居住まいを正すアマシアに、ギョッとした様子のファルベッド。
「わたし、シスターのような女性に……『悪女』になります!!」
「え、なに急に……」
「では明日からのレッスンもよろしくお願いいします! ビシバシしごいてわたしも立派なお嬢様にしてください!」
「え、ちょ…………え? まだ毒なんて仕込んでないはずよ? なのにどうして頭がおかしくなっちゃったのかしら??? こんなところで倒れられたら終わりだわ! 舞台も役者も整ってないのに……」
ボソボソ呟くファルベッドの言葉は、俄然やる気の滾っているアマシアには届かなかった。
◇
『悪女になります!』という堂々宣言したアマシアは、いかつく厳しいファルベッドも目を飛び出しそうな勢いで所作というものを身に着けていた。初日は本を一冊頭に乗せるだけでフラフラしていたのに、二日目は二冊どころか三冊も。
小さい頭で理論を習得するのは苦手だけれど、とにかく目で見て覚え、真似をするのが得意。雑草根性で十数時間のレッスンに耐え抜き、何とか見た目だけでもセレニア本人に見えるようになった。
ファルベッドが眉間に皺を寄せて指先を当てながら「黙って何もしなければセレニアお嬢様だわ」と褒めてくれた時は、疲れと嬉しさが極まって「やったぁ!」と叫びそうになったもの。
アマシアの話し方が気を抜くと砕けてしまうのは、長年の貧民街暮らしが長かったせいだが、それを差し引いても上出来。いや、極上出来である。
実はアマシアは、『悪女』になりたいのであって貴族令嬢になりたいわけではない。
ただファルベッドに「立派な伯爵令嬢にしてください!」と勢い余って啖呵を切った事もあり、貴族令嬢の所作を取り入れるのは、最終目標である「悪女」への道の過程段階。
つまり、ついでだ。
シスターのような女性になる=悪女という方程式も、『悪女』=シスターのような強くて優しい女性、というアマシア独自のもの。
『人間とは生まれながらにして悪である。生きている内に善を身につけ、立派な人となる』というのがシスターからの教え。アマシアのなかで悪女というのは、本当の意味での「悪い女」ではない。
でも、初日に悪女宣言をしてファルベッドが訝しんだように、悪女は軽々しく口ずさむべきものはでないことが分かった。
ここぞという時の台詞として残しておくべきだと。
悪女というのは神聖な言葉で、軽々しく口にしては神の──いやシスターの教えに反するのだ。
だからこの二日間のアマシアは、悪女になるという目標は水面下で動かしつつ、表面上はセレニアの身代わりとしての任務を完璧にこなすことを徹底していた。
例えば「侍女にセレニアとして髪の毛を梳かしてもらう」場面を想定した時のこと。セレニアは髪の毛をとかす際に注文が多いことを聞いていたので、髪をとかす際に「ごめんなさい、もっと髪を優しく撫でるように」「何度もごめんなさい、たぶんそのブラシだとファルベッドさんの腕が疲れると思うのでこっちを使ってください」と、ことあるごとにファルベッドに注文をしていった。
これが、セレニアとしての身代わりを完璧に真似しつつ悪女の礼儀も忘れない。
まさしく完璧の境地!!
「これのどこが悪女なのですか。わたくし、頭がおかしくなりそうですわ」
(え!? まだ足りないの!?!?)
ファルベッドにとって、この程度では悪女と口を滑らせるのも無礼な事だという。心中「悪女の道って険しい!」と唸り、逆に「シスターってすごい!」と言うアマシアには、ファルベッドの「はぁ。セレニアお嬢様にもこのような可愛げがと淑やかさがあれば、あんな計画などいらぬというのに」と呟いていたことなど、知る由もない。
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