第5話 また、あそこへ
ここは何処だろう?目の前にいるのは中学生の男の子だろうか。かなり背が高い。高校生みたいだ。
『父さん、この子なの?父さんの患者さんって。』
『そうだぞ、彼女は江原藍ちゃんだ。お前と同い年だぞ。』
この人は…?患者?私の主治医の人?男の子は誰なの。整った顔で彼は黄色と青のバレーボールを持っている。
『父さん、藍もバレーやってるんでしょ?良くなったら一緒にやって良い?』
『良いぞー。父さんがこの子を、治すからな!』
『やったー!』
分かった。私の過去だ。この無邪気な笑顔は遥斗しか居ない。それ以外、絶対ありえない。
ぱちっ!っと音が鳴りそうな目覚めだった。体が鉛の様に重く、起き上がらない。病室の中、鮮明にあの淡い思い出が今、鮮烈に蘇ってくる。
「私はもう遥斗の父さんに救われたんだね。」
がらっと音がした。医者が来たんだと思った。
「やあ、息子と仲良くしてくれてありがとうね。藍さん。」
この声は!
「遥斗の父さん?」
「ははっ!ここでは"結城先生"と呼んだおくれ。」
親子揃って無邪気に笑うものなのだなと思った。それほど似ていた。
「結城先生、私まだ学校に行きたいです。」
「そうかい、前より運動に制限はかかるかもしれないがそれでも良いかい?」
「…私、最近になって気づいたんです。ただ毎日、同じことを繰り返すことより、みんなと話したりご飯食べたりする方がずっと楽しくて、すごいんです。私、またあそこへ行きたいです。」
「君は、変わったんだね。僕の知っている君は全てに絶望し、目の前の丸い物体しか目に見えていないタンパク質と水の塊。そういう印象だったのだが。」
先生は呟いた。「あの子が変えてくれたのだな。」そう、呟いて柔らかく、またあの無邪気な笑顔を浮かべた。
1週間、試験的な入院をして、私は学校へやっと復帰できた。記憶を思い出した私は元々の私の性格なのか学校への少し遠い道のりすら楽しいと感じられる。不思議な気分だった。
教室に入るとなり、いきなりおとぎの国のような飾り付けにみんなの衣装。
そして次の瞬間。
「みんな行くよー!せーの!!」
遥斗が声を上げてみんなは
「「「おはよう!藍!!!」」」
私はこんな挨拶初めてだ。記憶にもない挨拶。こんなにも暖かい挨拶は知らなかった。嬉しい。その感情が私を染めていく。
「うん、みんなおはよう!」
私が元気よく返すとみんなは安心した様子だった。
「さ!今日は文化祭だよ!!ミスコンだよ。」
「藍ちゃん頑張って!!」
「特技披露もあるらしいよ!」
「藍ならグランプリいけるよ!」
私は笑った。「まあ、いいよ。」そう、今なら返事を返せた。
「と、その前に遥斗君がお呼びですよー?」
「で、どうしたのさ遥斗。」
「記憶の件はもう戻ったみたいだし、改めて後で言うよ。」
「うん?」
「うちのクラスは任せて」と言われてしまったので私はミスコンの衣装を着に行った。衣装は私には似合うのかと思ってしまうほど綺麗なショートドレスだった。これはバレーできないのでは?と聞いたとかろ、トスとサーブなら行ける、と言われた。
「さあ!!今年もやってきました。安土桃野高校のミスコン!!今年の各クラスの美女は!!全員で5人だー!!!」
実況が進むうちに私の出番になった。いつも通り。私通りやれば良いのだ。
「こんにちは。江原藍です。最近転校してきたので知らない人多いと思いますが、一応これでも私、高校No. 1セッターやらせてもらってます。サーブも好きです。今回は、サーブやらせてもらいます。」
会場の人に向けるのだからジャンプサーブだとケガしてしまうかもしれない。ここはジャンフロが良いだろう。
ステージからトトトッ!そんな音が聞こえた。ボールの感触が良い。
狙いは座席中央の何かよく分からない顔つきしてる意味深な子の方。このタイミング。打つ。
狙いは的中し、狙い通り意味深な子の手元へ放ったボールはことんと落ちた。一応、絵梨奈に言われてサインを入れておいた。とりあえず、良かったんだな。良かった。心からそう暖かい気持ちが溢れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます