教育的な指導

「バトンターッチ」


 直也には雄叫びながら前足の肉球を見せ弾丸よりも早く突進してくるフェンリルの姿がスローモーションの様に見えた。


 (これは避けられない)


  フェンリルは怒り興奮してとっくに戦闘態勢に入っていたために、何の準備もなく不意を疲れてしまった形の状態の直也では太刀打ちできない。今フェンリルの動きがスローモーションの様に見えているのは、脳が命の危機を察して五感から得る情報を選別し一時的に超高速処理しているためなのであろう。

 すぐ横には、戸惑ったまま動けないでいるサクヤにリーシェ、直也の方にゆっくりと振り返って何かを言おうとしているマリーに、慌てて必死の形相で駆け付けようとしているアスとレーヴァが見える。


 (力が間に合わない。やばい、これは死んじゃうかも)


  神話級の怪物の突進を受け止めるだけの力には、まだ全然届いていない。


  直也が半ば生存を諦めかけた時、それは起こった。神速の突進を見せるフェンリルの前に白い火球が発生した。その火球はさらに数を増やしながらフェンリルに向かって打ち出されたように飛んでいく。


  突然に現れた白い火球群をフェンリルは避けることが出来なかった。白い火球はフェンリルの体に命中すると大きく弾けて次々と爆発していく。どれほどの威力があったのだろうか、爆発はフェンリルの神速の突進と止めただけではなくその巨躯を軽々と弾き飛ばした上にダンジョンの壁を突き破って吹き飛ばしてしまう。


 最後の火球は3倍ほどは大きいもので、着弾した時の爆発の威力は先ほどまでと比べ物ならない程大きな物であった。

 

 1秒にも満たない時間の中で起きた事態に、みんなは唖然としたまま事態を把握する事が出来ないでいた。


 


「直也様ご無事ですか?」


  直也の危機を救ったのは、銀髪ケモ耳に9つのモフモフ尻尾姿の美女イズナたんだった。


 「イズナさん、ありがとう本当に助かったよ」


 「直也様、本当にお怪我は無いですか? 痛いところは無いですか? 間に合って良かったです。胸騒ぎがしたので飛んで来て正解でした」


  イズナは壁を突き破って飛んで行ったフェンリルの方に向き返り鋭い視線を向ける。


 

「直也さん!」


  フェルの動きに反応が出来ずに、ただ事態を見ていたサクヤ達は直也の元に駆けると直也の体を怪我が無いか触りながら隅々まで確認していく。


 「大丈夫。大丈夫だよ。何処も怪我していないから」


 「ごめんなさい。あのフェンリルは私の召喚獣で友達のフェルちゃんです。野営の見張りをさせていただけなのに。フェルちゃんが理由も無しに人を襲うなんて。一体何故こんなことに」


 「お嬢様それは直接聞いてみれば良いかと」


 直也を見つめながらマリーは言った。


 「直也さん、直也さん。バトンタッチって一体何のことですか?」


  直也に疑うことを知らない子供のような純粋な眼差しでリーシェが尋ねる。


 「えっ、バトンタッチ? 何のことかわからないな?」


リーシェの問いに直也の額に汗がにじみ始め、少し態度が白々しくなった。


 「旦那様さっきのアスとのやつ、あたいにもしてくれよう。あたいとイチャラブ恋人生活しておくれよう。ハアハア」


 「全く何のことかわからないな」


  直也はシラを切るがレーヴァはあの時に、しっかりと目を覚ましていたようだ。


 「もう主様のエッチ。本当にアレが好きなんだから」


  アスの言葉に直也は信用していた共犯者に裏切られた犯人ように驚いた表情を浮かべる。


 「何でそんなこと言っちゃうの! 大体に僕はセーフでしょうが! 冤罪だ。これは僕を罠にハメる冤罪だ。弁護士が来るまで僕はもう何も話さないぞ!」


  アスは面白がって投下した燃料が、直也の怪しい発言と受けて延焼していく。話wp聞いていた女性陣が、直也の発言に一斉に食いついてしまう。もう、先ほど命の危機があったことすらも忘れてしまったかの様だった。


 「直也様アレとは一体何のことでしょうか? 仮にアレをアレと仮定するのならば、一番付き合いが長く自他ともに認めるパートナーの私にアレするのがスジなのではないでしょうか?」


 「いいえ、直也さん騙されてはいけません。直也さんは時期シラサキの当主となられる大事な人です。ゆえにまず私とアレを・・・」


 「お嬢様それ以上は言わないで下さい。はしたないですよ。それにアレ的なことはメイド長である私の大切なお仕事です。さあ直也、なにも恐れる必要はないぞ。お前は私に任せてただ自分にただ正直になると良い」


 「直也さんアレってなんですか? 冤罪で穴にハメる? なんかエッチです」


 「ああ、旦那様そんな! 止めないでおくれよ。意地悪しないでおくれよ。あたいの事をこんな風に変えちまった責任をアレをアレして取っておくれよう」


 「ふふふ、ねえ主様。主様が大好きな熟す前の青い果実をもっと沢山アレしてアレで頬張ってみませんか?」


 ワイワイ、ガヤガヤみんな「私と」「いや私」「じゃあ私も」「どうぞどうぞ」「いやいや違うだろ」と互いを牽制しながら直也の様子を窺っている。

 

 今の直也は蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ないでいた。今下手にアクションを起こしてしまえば、弁護人の登場前に話の流れに飲み込まれて色々と難儀な選択をアレ的に迫られそうな気がした。


  場の空気を読んだ直也が借りて来た猫を宜しく大人しく部屋の隅で気配を消していると、壁が崩れて埃が舞上がっている隣の部屋からよろめき立ち上がる気配があった。


 「クソリア充、中々いいパンチだったぜ。さすがの僕も少し意識をもっていかれたよ」


  イズナの狐火でめちゃくちゃにされ昔の某爆発コントの様に体中が煤けているフェンリルのフェルちゃんがフラフラとおぼつか無い足取りでゆっくりと近づいてくる。


 「僕はただ変わって欲しかっただけなのに、この仕打ち! もうこれは僕に対する完全な敵対行動。クソリア充、ここから先は命のやり取り・・・」


「こらフェルちゃんの乱暴者。そんなことを言ったら駄目でしょう。直也さんに飛び掛かったこともちゃんと謝りなさい」


 「だって、だってサクヤちゃん、こいつ酷いんだよ。僕を仲間はずれにするんだ。僕はただエロエロを変わって欲しかっただけなのに」


 「ほう、この駄犬。反省の色が無いみたいだな。どうやら躾が足りないらしい」


  イズナはそう言うとフェルの前の立ち、拳を握りながらボキボキと骨を鳴らした。その音を合図としたように、イズナと志を同じくする者達が厳しい姿勢でフェルを囲い始める。

 エロエロの部分は気になるが、それ以上に自分の愛する男性に牙を向けたフェルには、しっかり落とし前を付けて二度とこのような事態が起きない様にしなければならないとみんなは思っていた。


 「イズナ様の言う通り、教育が少し足りないようです」


 「旦那様がエロエロだと? 後で詳しく聞かせてもらおうか」


 「エロエロ!」


 「私のエロエロタイムを邪魔した責任は取って貰わなければね」


 フェルは自分に教育的指導を施そうと取り囲んでいる女性達を見て嬉しそうにしている。どうやらフェルはこれから遊んでもらえると勘違いしているらしい。


 「え、お姉さん達。僕とエロエロ遊んできれるの? でもなんかみんな怖いな。せっかくみんな綺麗なのにそんな顔をしたら駄目だよ」


 「この駄犬はまだそんなことを言う余裕があるのだな。お前ちょっとそこにお座りだ。指導をしてやる」


  イズナはフェルを越える神気を身にまとい目をギラギラさせている。その後ろには普段は優しいサクヤが悲しそうに拳を握って立っている。


 流石にフェルのこの辺で様子がおかしいことに気が付いた。これは一緒にエロエロと遊んでくれるためではなく、指導という名の厳しい折檻が待っているという事に。


 「サクヤちゃん、僕やっぱり今日はもう帰ることにするよ。じゃあまたねー」


 「逃がすと思うかこの駄犬!」


 「フェルちゃん、ちゃんと謝りなさい!」


 「ギャー! 離せ、僕はもう帰るんだ!」


  フェルは逃げようとしたところを掴まっていまい、激しく荒々しいワイルドな教育的な指導を代わる代わる次々とボコボコに受けていく。


 「助けて、クソ、リア充・・・ギャーッ!」


 「あまり手荒なことは・・・」


  直也の声は届かない。フェルへの教育的バイオレンスな昭和型指導は「ごめんなさい」と謝罪がされるまでの間続くのであった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


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