嫉妬の力
訓練所では、未だにかつて無いほどの、熱い熱気と血潮に溢れていた。
「はぁっ!」
ガキィンと鉄の剣戟の後、ズシャーと人が倒れる音がする。
「遅い、軽いぞビリー!お前の剣はその程度か?軟弱者め!」
「ハァ、ハァ、ハァハァ」
「情けない。じじいの一物みたいに、ヒーヒー言いやがって!」
「クソッ!黙って、聞いていれば好き放題言いやがって、ハァハァ」
「ほぅ、立ち上がれるのか。ガッツだけは中々のものだ。だが、足が震えているぞ?」
「こ、これは武者震いだ、バカ野郎!」
「ふん、口だけは一人前か。さあ来い。お前の全部で、かかって来い」
「死ねよ、ギルマス!」
「誰が、ひよっこに殺られるかよ!」
イズナ親衛隊(非公認)隊長ジョニー・デック、彼は今人生で一番ノっていた。イズナの役に立ちたくて、良いところを見せたくてと、そんな感じでノっていた。
イズナの力に興奮した者達が、今や訓練所のあちらこちらで、似たような熱血ドラマ騒ぎを引き起こし、騒ぎの発端となった雲切りイズナは、訓練場を行き来きして熱心に指導を続けている。どうやら熱血はイズナの好物のようだった。
そんな熱い現場を冷めた目で見る者がいた。
サクヤとリーシェ、直也である。
「熱いわね」
「熱いですね」
「熱いな」
三人は熱い熱気をはらんだイズナのブートキャンプの様子を少し離れた物置の陰からそっと見守っていた。
「そう言えば、私達の勝負って、どうなったんだっけ?」
「そうですね、どうなったのでしょうか?」
「ジョニーはもう忘れてるよ、きっと」
ジョニーが預かった、サクヤとリーシェの直也のパートナー勝負はすっかり忘れ去られてしまっていた。
「まぁ、あんな雲を切るような力を見ちゃうと、やる気出ないよねー」
「はい、あの理不尽な力には流石に引きました。競うのが馬鹿らしくなります」
「だからもうさ、仲良く三人パーティでいいんじゃないかな?」
これ幸いと、これ以上面倒くさくなるのが嫌な直也は二人の説得を試みようとする。
「いいえ、直也。私も入れてくれなければ嫌です。殺しますよ」
何処からか現れたマリーさんが、物騒でまた面倒くさいことを言う。
「殺されるのは嫌だな、マリーさん」
「あらマリー、貴方もなの?」
「また、ライバルの方ですか?」
サクヤは諦めた表情で、リーシェは
「前衛アタッカーが二人に後衛の攻撃回復魔法、エンチャントが出来る二人。バランスは良いよね?」
直也は簡単には諦めない。
「直也さん、イズナさんはどうするの?」
「えッでも、イズナさんは団体職員で大幹部だよね?今更冒険者をやりたいなんて言うかな?」
「直也さん、言うに決まってます」
「直也、言うに決まっているじゃないか」
「私は直也さんが良いのなら構いません」
直也が、「リーシェはいい子だね」と無意識に頭を良し良しと撫でてしてしまう。リーシェは「はわわ!」と驚いているが、とても嬉しそうだ。
「直也さん、私もみんな仲良くでいいと思います」
「直也、私達がパーティを組んだら、私が直也の分も働くからな!」
だから、私達にも良し良しをして頂戴と、二人は頭を差し出してくる。苦笑しながら直也がサクヤとマリーの頭を良し良しをしていた時だった。
背中に感じた自分に向けられた鋭い殺気に直也の身体は直ぐに戦闘態勢を取り、三人を巻き込まない様に、誰もいない訓練場の端を目掛けて飛び出した。
来る!
直也が強烈な神気を感じて振り向くと、そこには、美しい顔に血管が切れそうな位の青筋をたてたイズナが立っていた。
「直也様。あんまりではないですか?私が一生懸命、次の時代の担い手達の指導をしているというのに。直也様は、何故に私を仲間外れにして、女とイチャイチャしているのでしょうか?しかもなんか増えているのですけど?」
「イズナさん、落ち着いてください。誤解です。やましい事は何もしませんし、何もしていません」
直也の話を聞いたイズナは、ピクリと反応し、ジロッと髪を一房口に咥えた幽鬼の表情を見せている。
「直也様、私は昔神社で聞いたことがあります。何もしないと言う男は決して信じてはいけないと。やましい心が有るからこその言葉だと」
イズナが一言話す度に力が高まり、先ほどの雲切りイズナの力を既に超えている。
あまりのイズナの迫力にごくり、と直也が唾を飲む。
「信じていたのに、信じていたのに。直也様の裏切り者ー!」
魔を滅する神炎の狐火を全身に纏わせたイズナが、直也に向かって全身全霊で踏み込んだ。
伝説の武人の嫉妬の力が、英雄にぶつかる!町の存亡をもかけた
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