千年前の出来事 いずな語り2

 その日は突然訪れました。お頭様から突然の命がくだったのです。


「今から地上では戦が始まる。今すぐに高天原に戻れ」と。


 私は何のことなのか、これから何が起こるのか分かりませんでした。私が戸惑っている内に、次々と眷属の仲間達は高天原に帰っていきます。私は正直に言うと、帰りたくありませんでした。ナオヤ様の傍に居たいと思いました。

 

 どのくらいの時間がたったのでしょうか、私が思い悩んでいるうちにとうとう高天原への道が閉じて私は帰れなくなりました。私は密かにほっとしておりました。


「帰れないのだから仕方がないのだ」と、


「これでナオヤ様の傍にいても良いのだ」と。


 しかし直ぐにそのような浮ついた考えは消えました。彼らが現れたのです。一目見た瞬間に悟りました。あれは駄目だと。本物だと。私は体がすくみ、恐怖に震えてその場から動くことが出来なくなりました。

 人間達はあれを見ただけで体を焼かれ、魂を抜かれて死んでいきます。私は震えが止まらなくなりました。


 あれが本気で戦いを始めたらナオヤ様は、


 何があってもナオヤ様だけは助けたい。私は遠見の力を使って何とかナオヤ様を見つけて駆け出しました。ナオヤ様が住む住宅の植木陰、そこには無事なナオヤ様と品が無く、無様な姿で気絶した無駄に胸が大きい女がナオヤ様に抱かれていました。私は女のことが気にはなりましたが、今はそれを問いただしている場合ではありません。


「私の背に乗って下さい。ここから逃げます」


「分かりました」


 今、思えばそれが初めて交わしたナオヤ様との会話でした。


 私はナオ様を自慢の銀色の毛が輝く背に乗せ、気絶した女は口に咥えて走りました。走りながら周囲を見ると、私が知っている人達が死んでいました。いつもお参りをしてくれていたおじいさん、美味しい稲荷寿司を作る寿司屋の女将さん、先月子供が生まれたばかりの若夫婦、社に恋愛成就の願掛けに来た女学生、私は誰も助けてあげられない。私はナオヤ様と逃げる事で精一杯。ナオヤ様は何も言いません。ただただ、涙を流して歯を食いしばり、逃げ惑う人々に、逃げることすら出来なかった亡骸に頭を下げています。

 今は、ナオヤ様にも私にも何も出来ることはありません。一秒でも早く、一歩でも遠くへ。ただ、ただ逃げることしか私にはできませんでした。


 

 どの位逃げてきたのでしょうか。私達は道中改めてお互いの自己紹介を行いました。おまけの女はナオヤ様の幼馴染で桜という名と言うことでしたが、私は興味が無いので忘れてしまいました。ナオヤ様(おまけ女も)は私が神の眷属で術が使える上に人と会話が出来るクールビューティーな出来る女だという事に、たいそう驚かれておりました。


 お互いの距離を埋めるように親密な会話をすることにより、一層の愛と理解を深めた私達は、何かに導かれるように北に向かって海を渡り、山間の奥深くにまで来ていました。心地良い気配に誘われるように辿り着いた先は、見たことのないような大きな樹が生茂る広大な森でした。中でも一番大きな樹はとても強い霊力を持っていて、私の力を大きく超えております。私が知っている限りでは、この国にはこのような森も樹も無かったはずですが。

 私とナオヤ様(おまけの女 も)で樹の近くに行くと精霊が現れました。精霊が言うには、


「私は生命の樹の精霊です。ある神から命を受けて人類を守る為に来た。生命ある者達を助けたいと思っている。手を貸して欲しい」と。


 神樹で生命の樹?昔なんかの本で読んだ事があったような気がしますが思い出せません。確か世界一の発行部数を誇る本だったような?


 神樹の精霊のお願いをナオヤ様は迷うことなく受けられ手伝うことを選ばれました。

 私もナオヤ様のお役に立てればと、一歩前に出て思いを伝えようとした、まさにその時!のことでした。おまけ女がやってくれました。


「ナオ「直也、私も手伝う」います。」


 教養の欠片も感じられない言葉をかぶせてきやがったのです。私は言葉を失い唖然としました。私の見せ場を。私の好感度を。私の言葉を遮るなど、失礼にも程がある。このおまけの駄目女は前から気に入りませんでした。ナオヤ様の手前仲良くしようと心掛けてきましたが、もう我慢の限界です。

 

 私は駄目女を教育泣かせてやろうしようと、神社で良く不良と呼ばれる子達が練習していた“メンチ”を切って近づきました。


「あ、あーん。何してくれてるんじゃ、このボォケェがぁ?!ワシがしゃべってんだろうが、ああん!なめたマネしてくれてっと、揚げの無い稲荷を一気に3個食わせ窒息させるぞ、コラー!!」


 言ってやりました。私はとうとう言ってやりました。私のメンチ力の前に無駄女はびびっています。4本の足で大地に立ち、顔は下から抉る様に、鼻先は駄目女の顔の中心を捉え、睨みの力で駄目女の心を殺す。

 ふふ、ナオ様もこのワイルドな私の姿に惚れ直すかもしれません。でも、帰って来た反応は予想をしていたものではありませんでした。


「あははははは、ごめん、ごめん、いずなさん。うぷぷぷぷ、ワシだって、あははははは」


 なんという事でしょう、ナオヤ様の大爆笑をいただいてしまいました。思っていたのとはちょっと違いますが、これはこれで良い。

 私はとても幸せな気持ちになりました。愛しい方の笑いを取ることが出来たからです。まさに、「損して得とれ」とはこのことなのでしょう。フッとこぼれた私の余裕の笑みとナオ様の輝く笑顔を見た駄目女が、悔しそうに唇を噛んでいます。


 「あはは、い、稲荷を食べさせるって、なに?あはははは」


 うふふ、あの御姿を見るだけで稲荷100個は頂けます。ああ、きっと今日のご飯はとても美味しいでしょう。


・・・こんな悲しい世界だけれども、どんなに小さくても幸せな毎日が続いてくれればと、私は切に願いました。




 駄目です。絶対に反対です。それはナオ様でなくても、ナオヤ様がやらなくてもと、私は強く言いますが、・・・優しいナオヤ様はきっと契約されてしまうのでしょう。


  それは生命の樹についてから3ヶ月ほど過ぎ、生き残り集まった人々が里を作り、生活することが出来るようになってきた頃に起こりました。いつものように私が里の周囲を見回りしている時でした。


 里に神が降臨されたのです。見た目は特に特徴のない、フツメンの男神様。人間でいうところの30歳くらいです。私は何度か「神無月高天原大会議」の後にある「八百万親睦大宴会」で女中のお手伝いをしたことがありますが、男神様はお見かけしたことはないと思います。

 男神様は、皆が生き残る為に「魔法」と「ギフト(才能)」を授けるとのとでした。この力を使って神魔の大戦を生き抜いて欲しいと。他の助けを求めている、魂ある者達を助けて欲しいと。

 私は疑いました。何の見返りも無しに神が力を与えるはずがありません。ましてギフトを与えるなんて絶対に何か裏があります。そう、思って注意深く話を聞いていると、ナオ様が神様に尋ねました。


「ありがとうございます。でも、どうして私たちに力を与えてくれるのですか?神々は我々の死を望まれているのではありませんか?」


神は悲痛な顔で話します。


「子供達よ、すまない。我ら神々は醜い争いにお前達を巻き込んでしまった。だが、決してすべての神がお前達の死を望んでいる訳でも、心傷めずにいるわけでも無い」


「私はお前達、この世界に生きる者の全てを助けたい。ゆえに我はこの争いを止めるため、死力を尽くす」


「私の望みはただ1つ。子供達よ、生きてくれ」


神の言葉が魂に響き、優しい神気が体を包みました。私は疑ったことを恥じました。この神は本当に私達が生きる未来を望んでおられました。皆、涙を流して泣いています。が、一人恥じることなく、ギャンギャンと本気で泣いている奴がいました。そうあの駄女です。あまりの泣きに、神は興味を惹かれたのでしょうか。神は駄女、そして隣にいるナオヤ様を見ています。


「高杉直也、私と契約する気はないか?」


「僕のことをご存知なのですか?」


「ああ。良く知っているとも。直也、私と契約をすれば、神の力をほんの一部だが貸与をすることができる。契約をした者は、人の限界をはるかに超えた力を行使することが出来る」


「だが、良いことだけでは無い。私の力は人間のお前にとっては強大だ。ほんの僅かな神気の貸与でも魂が耐えきれず壊れるかもしれないし、うまくいったとしても、力を使うたび魂や肉体が疲弊して傷ついて、やがては消滅するだろう。契約をすれば遅かれ早かれ代償として絶対の死と消滅が待っている」


神はナオヤ様を見据えて言葉を続けます。


「契約をすれば、力が手に入り多くの者達の命を救うことが出来る。しかしその代償は魂。お前の存在は消滅するだろう」


神は言葉を続けた。


 「だが、お前は神に愛されている。上位神の加護を幾つも持っている。加護は皆、お前を庇護が目的だ。上位神の加護を複数持つお前ならば、私の神気にも、耐えることが出来るかもしない」


  ナオヤ様、私は絶対に反対です。だって必ず死んでしまうのです。それも消滅です。魂の消滅とは無。未来永劫会う事すら出来なくなってしまいます。


 私は神に言いました。私では駄目なのか。私が、・・・代わり契約を。


「魂名“ガーディアン・シルバー”か、良い魂を持っている。でもお前は「ウカ」さんの眷属だ。俺とは契約できない。しかし、私がきっかけを与えれば、お前はまだまだ成長するだろう。賢獣よ、お前は直也を支えてやれ」


ナオヤ様は神に言いました。


「契約をします」と。


 その力で大勢の命を、愛する者を、仲間を、一人でも多くの人の命を、そして世界に生まれて来る子供達の未来を守れるなら、これ以上のことは無い。ここに来るまでに沢山の人を見殺しにしてしまった。もう、人が死ぬのは見たくない、もう、小さい子供を見捨てたくない。


 でも、私は嫌です。ナオヤ様がいなくなるなんて。桜も泣いて止めましたが、ナオヤ様の心は変わりませんでした。


 やっぱりナオヤ様はお優しい。


 でも、自分をもっと大切にして欲しい。


  私はナオヤ様を影からそっと支えようと考えておりました。でも、これからは私が頑張ろう。少しでもナオヤ様が力を使わなくてすむように。戦上を駆けめぐり、ナオヤ様の敵はすべて私が葬ろう。

 

 ナオヤ様が少しでも長く生きていてくれるように。


 ナオヤ様、私は貴方を愛しております。


 貴方は私が死なせはしない。


 命に代えても貴方を守る・・・。


 私は、そう誓います。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




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