最期

 アトム変換の時、エネルギー状態の時、移動の時、そして現れた瞬間、全く意識はなかった。全てわずかな時間のことであるが、しかし感覚としては、一度眠って目覚めたかのようなもので、おそらく長い時間がかかっていたとしても、蓮介たちはそのことを実感できはしなかった。

 しかしとにかく四人は、蝦夷の空国遺跡から、隠れ里へと転移に成功はした。そこにヤタノカガミもあった。だがもはやそこは倉庫とは言えなかった。


「なんてひどい」

 莉里奈ももう、隠れ里を出てから何年も経つ。しかし今、その目で捉えることのできた光景は、覚えていた、カラクリ仕掛けの大都市とは全く違う。

 亜花が外に侵入してきた時、蓮介があまりにもその希少価値の高さのために仲間を攻撃してまで守ろうとした、"几カラクリ"の様々な傑作はほとんど壊れて、それらを置いていた倉庫施設そのものの破片、残骸と混じり、機能を停止しているヤタノカガミもほぼ埋もれてしまっている。

 巨大なゼンマイや歯車を駆使した様々な仕掛け、木製惑星儀や龍や鳳凰も、地上でも普通に見られるような家の数々も、ほぼ見渡す限り、大なり小なり破壊されている。


「これはあの、シャミールのようなカラクリ兵器がやったのだろう? だとしたら、そいつはどこにいるんだ?」

「わからないが、あのエネルギーの利用量とこの規模の破壊具合から考えられるような巨体と、こんなに開けた状態を合わせて考えたら、ここからでも見えておかしくはないけど」

 亜花は忍道具の、蓮介はカラクリの双眼鏡を使い、どこでももうかなり破壊された遠くまで見渡すが、惨劇を起こした怪物の姿はすぐには見つけられなかった。

「まあ、まだここにいたらの話でもあるが」

 もちろん、そうであってほしくはなかった。地上に比べて強力な武器も防御機構もある里が、ほぼ壊滅させれるような怪物が地上に出てしまったなんて、想像するのも恐ろしい。

「とりあえずロセンシャの方へ行こう。どのみち地上に通じていないところから強引に出るには時間がかかるはずだ。地上への道を使ってないなら、まだそれがここにいる可能性は十分にある」

 むしろ問題は、そのカラクリ兵器が実際どのくらいの大きさなのかかもしれない。

「わっ」と、瓦礫につまずいたが、上手く動いて倒れはしなかった弥空。

 だが次にはつまずくまでもなく倒れそうになる。

 その怪物はまず視覚的にでなく、聴覚により見つけられた。地震のような揺れと共に巨大な金属の中を、猛烈な風が吹き抜けたかのような音。周囲を見ていても見つからなかったそれは、下から近づいてきていた。

 とっさの判断。蓮介は莉里奈、亜花は弥空の体を掴み、それぞれフージンとその脚力で同時に、さらに上に飛ぶことで、その時の足場を破壊した巨大な手を逃れた。


「いっ」

「大きい」

 無理やり一緒に飛んでくれてなかったら、足場と共に潰されていたろう莉里奈と弥空。

「いや、大きすぎる。やっぱりダイダラボッチ」

 冷静にそんなこと言ってる場合ではないだろうが、しかし確かに、顔こそ鼻がなく、目も口も丸い明らかな作り物で、手足も異様に細長いのだが、とにかく巨大な人の姿。大地を崩して、山や谷を作ったという巨人伝説を連想させるその姿に、なんだかんだでカラクリというテクノロジーそのものに強い関心を持つ蓮介は、普通に感嘆せずにはいれない。

(テクノロジーで栄え、テクノロジーのために滅びた、空国)

 言うなればすでに見たシャミールのただの巨大なもの。エネルギー兵器やアトム変換システムのようなものの方が、原理の複雑さでははるかに上と考えられる。それでもその、ただとてつもなく巨大な機械兵器に、蓮介は心を躍らせずにはいれない。


「蓮介」

「ああ」

 弥空と共に、同じくらいの高さだが別の足場にいる亜花の叫びに、まるで木登りでもするかのように入り組んだ足場を、その手足でひっかけながら登り近づいてくるカラクリダイダラボッチへと、意識を完全に向ける蓮介。

 動きも素早いが、シャミールに比べるとかなり遅い。最初の伸ばした手の攻撃から、時間にしてちょうど十秒くらいか。登りにかけた時間だけならばその半分くらい。まだ下だが、最初よりも近くから、今度はその両手で、同時にハエを叩くように、蓮介と莉里奈、亜花と弥空を叩き潰そうとしたダイダラボッチ。

 しかし今度は、四人ともがそれぞれにそれを横にかわし、蓮介はクーホウ、亜花は忍銃と丸い爆弾で下のダイダラボッチ本体を狙い撃ち、莉里奈はセイテ、弥空は刀で、すぐ側の手を直接的に攻撃する。

 損傷はさすがに受けた感じがない。だが衝撃は受けたようで、一旦手は引くダイダラボッチ。

 そしてそれの次の攻撃は、予想できなかったわけてはないが、あまり考えたくはなかったもの。そういう攻撃自体もシャミールの時に体験してもいる。その巨大な顔を上に向け、もともと開いてるような口をさらに少し大きくする。その中に見えたガラス玉のようなもの。

「エネルギー攻撃だ」

 蓮介が叫ぶまでもなく、他の者たちもそれを悟っていた。もちろん、それは放たれてから見てかわすことなど不可能ということも。最初から(その発射口から方向はわかっているのだから)撃たれる前に動いて、その攻撃機動から外れるしかない。

 すでに崩れまくって、ずいぶん開けたボロボロの里を照らす、綺麗な光線。何でも潰してしまいそうな巨大な手の攻撃ですらも、ヒビが入ったりはするが壊れはしなかった足場も、その光線にあたるとあっさりと壊れてしまう。もしかしたら上の大地すらも突き抜けて地上に出ているかもしれない。そうでないとしても、強い熱の高まりが発生していることだろう。

「や、止んだ。よかった」

 まだ戦いは終わっていないが、安堵の声を出した莉里奈の気持ちは、他の三人もよくわかったろう。

 その攻撃自体もたった数秒間であるというのに、放出される光線そのものが、まるで剣のように(しかし何の制約もないわけではないのか)ゆっくりと振り回されるその攻撃は、まさしく究極的な破壊。

「これなら」

 蓮介はやはり一番冷静。エネルギー攻撃が口から放たれることを理解した瞬間から、それに狙いを定めていた。

 ダイダラボッチがいくら怪物でも所詮は機械である以上、全てひたすらに硬い装甲ばかりという存在ではありえない。まさにその外側の装甲のために、普通は届かない内部には柔らかな部分もあるだろう。そしてエネルギー攻撃を放つその瞬間、その瞬間には、たとえ装甲があったとしても、その装甲自体がエネルギー攻撃のために破られてしまうはず。つまりそれを放った瞬間だけは、そこから内部へと損傷を与えることが可能かもしれない。このことは特にダイダラボッチのような巨大な機械においては避けることのできない弱点になりうるはず。

「どうだ」

 光線をかわしながら、フージンで飛んでなるべく近づいてもいた。そして攻撃が止んですぐにその口の中に狙いを定めて、最大出力のクーホウを蓮介は撃った。

 そもそも口の中に見えているガラス玉らしきものをこえられたのかどうかもわからない。だが強い衝撃がその口から中に入ったのは間違いない。自分の前の抵抗を消していた蓮介自身も攻撃の勢いをそのまま身に受け、また上の、莉里奈と、亜花も近くにきていた足場まで戻る。


 損傷を受けたのだとしても、おそらく大したものではなかった。ダイダラボッチは、少し体勢は崩したが、また強い風が立つような音とともにその手による直接攻撃を放ってくる。


「ちっ」

 崩れた足場に亜花もこけそうになるが、飛んで、打撃攻撃もかわし、さらに上へと登る。彼に続くように、弥空も今度は一人で、莉里奈はまた蓮介の助けを借りて、やはり上へと逃れる。

 何か理由があるのか、そういう機能が最初から備わってないのか、その巨大な怪物カラクリが空を飛ばないことは、微かな希望の一つだろう。だがもちろんどこまでも上に逃げれるはずがない。すでに隠れ里の天井も見える位置に四人は来ていた。また迫ってくるダイダラボッチの攻撃を、上に逃れることで避けることはもう難しい。

「うっ」

「蓮介さん」

 ついに四人を、里の上の方に追いつめた形のダイダラボッチの手の追撃を、またかわしていくも、揺れのため、巨大な手が叩く方へと行ってしまいそうになった蓮介を、今度は莉里奈がかなり細長く伸ばしたセイテを使って引き寄せることで助ける。

「ありがとう、莉里奈」

「礼を言うなら、さっきからわりと私の方ですよ」

 だが一息つく暇もない。逃げても逃げてもひたすらに巨大な手が迫ってくる。このままだとその内に潰されるだけだろう。

「蓮介」

 少し離れた足場で一人になっていた亜花が叫ぶ。

「あれの足場を狙ったらどうだ。壊せるかはわからないが」

「普通は壊せないけどな。だけど」

 確かに他に策もない。ただ、できるかどうかというより、あまりにも危険すぎるために迷っていたことでもある。しかし結局このままだと全員が危険なら、やはりやるしかない。やってもらうしかない。

「弥空、できるか」と蓮介

 頑丈な足場の破壊。それが可能だとすれば、彼であろう。

「あの化け物の足場壊せるか? お前なら」

「多分、大丈夫」

 亜花とは今や蓮介と莉里奈を挟んで反対側にいた弥空。

「それじゃ頼む」

 そこで、クーホウで、手を少しひかせた蓮介。

「うん」と弥空は、それが分かっていたかのように少し下のその手を蹴って、勢いよく落ちていく。

「やっ」

 蓮介も予想外すぎた。その足場を破壊できるかどうかはともかくとして、到達するまでは、ダイダラボッチのいかなる攻撃も、そこに素早く落ちていく弥空には間に合わないように見えていた。たがダイダラボッチの、ほぼ上半身だけを回転させるという動きにより、その手はまだ足場に到達していない弥空を掴みそうだった。

 だがそうはいかなかった。彼も予想できていたわけではないだろう。ただその驚異的な反射運動により、斜め下に落ちながら弥空を掴み、手をかわさせた亜花。さらに彼は別の足場に、縄らしきものの先の刃を引っ掛けて、さらにそれを軸とした自身の回転運動の勢いに乗って、さっきまでよりむしろさらに早く、再び足場の方向へと弥空を飛ばしてやる。


「あああっ」

 その攻撃は二連撃。一撃目は、落下時の激突の衝撃を相殺でためて放つ。そしてさらにしゃがむダイダラボッチの手の攻撃をかわしながら、相殺というより流すことで、その威力をあげてやり、すでに一撃目が入ったところに打ち込む、実質的に自爆誘い的な二撃目。

 その巨体に、その強さもある。足場は見事に壊れ、支えを失った足は急速に落下する。ダイダラボッチは勢いよくもう一方の足も足場から踏み外してしまい、とりあえずは蓮介たちの狙い通りに本体もそのまま下へ落ちていく。

「弥空」

「あ、あんちゃん」

 自身もどこかの足場にうまく着地する事まで考える余裕はなく、一緒に落ちそうだった弥空だったが、蓮介がさっさとフージンで飛んで、その体を拾う。

「大丈夫か?」

「うん」

「ただ、あれも、普通に大丈夫みたいだな」

「うん」

 また上の足場に戻って、なかなかの距離落ちたダイダラボッチを見下ろす二人。足場が壊されるとは予想外だったことらしく、戸惑っているか、警戒しているのか、すぐには登ってこない。だが、やはり損傷を受けた様子もない。


「やっぱり、普通に倒すのは無理。時間稼ぎも大してできそうにないと思うが」

 側まで跳んできて、今のところの正直な感想を伝えてきた亜花。

「おそらくシャミールの時にやったように、敵のエネルギー攻撃を跳ね返すことも今回は無理じゃないか? 線が太すぎる上に、おそらくこっちの方が威力が」

「さすがにお前よく見てるな。まあ普通に亜花、お前の考えてる通りだよ。ただ威力が高いのは、正確には多分大きいからてだけじゃなく、シャミールのがより密だからだ」

 しかし最初から予想はついていたことだ。だいたいシャミールの時の反射鏡は、シャミールの性能をしっかり把握している、あそこの隠れ家の持ち主が用意していた対策で、蓮介が元々持っていたからカラクリとかではない。

「でもひとつはわかった、それもいい知らせだ。ここはかなり壊されてるが、壊され具合と、あのカラクリ怪物の能力からして、逃げれた者は多いはずだ。だけど」

 隠れ里のことを蓮介はよく知らないからというだけではなく、普通に彼の知らない逃げる経路がいくつもあったのだろう。どこから逃げたのかは、蓮介にはわからない。

「逃げたとしたら多分下の海じゃないですか? 蓮介さんは多分知らないと思います。巨大な潜水艇が下にあるって、以前先生が話してくれたことあります。しばらくこっちで暮らすことになった時に」

 莉里奈も、亜花ほど早くは無理だが、もう蓮介らの近くまで来ていた。

「あれがまだこない。あんちゃん。シャミールと同じでエネルギーの使いすぎとか」

「そうかもしれないけど、だとしてもあの時より動き出すのは早いと思う」と蓮介は答えたが、実際には弥空の予想は外れだろう。シャミールよりも巨大なだけでなく、ジンギとの繋がり、エネルギーシステムからして、あのダイダラボッチは確実に、ここまでの動きで大したエネルギーを使っているわけではない。

「逃げれたのはいいが、里にもう人がいないなら協力者もなし。俺たちだけで、エネルギー切れまで粘るなんて、やはり無謀すぎる」

 ただ一度使えるくらいでもいい、エネルギー兵器さえあれば。だがそれがわかっていたからこそ、麻央は伽留羅のそれを止めるまで、すでに里に忍ばせていたあの怪物を、ずっと動かさなかったのだ。


「いや」

 こんな状況になってるとは思わなかった。それはダイダラボッチが動き始めた時がいつかを知らないからとかでなく、ここにいた者を知らないからだ。

「蓮介」

「蓮介さん」

 もう亜花も莉里奈も知っている。彼が何か、道を切り開くための策を思いついた時の顔。

「誰もいないなら好都合だ」

 もうそれしかない。おそらくあれは自分たちがいなくなったら、あるいは自身が可能な限りのこの里における破壊を完了したなら地上に出るだろう。だがそれだけは決して許すわけにはいかない。

 それは文字通りに最期の時となるはず。そんな時が来るかもしれないとは考えても、自分がその手を下すことになるなんて夢にも思ってなかった。だがきっとそれが最初から運命だったのだろう。秋吉蓮介という一人の人間だけの話でもない、空国と同じように、この宇宙の自然の理に手を出してしまった愚か者たちの、おそらくは避けられない末路……

「おかげで、犠牲が少なくてすむし、邪魔もされない」

 蓮介は、その方法をもう理解もしている。空国遺跡には確かに答があって、長たちがなぜそれを隠そうとしていたのか。その理由とおそらく同じ。

「この里を」

 そしてそれが、人類の加速する歩みを直に見てきて、テクノロジーがもたらす夢と悲劇をいくつも知ってきて、今、そんな悪夢、強力な武器の恐ろしさと直面している彼の出した答。

「あれごと完全に崩壊させよう」

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