ダイダラボッチ
「だけど雪菜、ウパシマト。いくらあなたでも、麻央という名前を得るより前にあなたと会っていた僕と、今の僕とをこの短期間で結び付けることはできなかったはずだ。誰かに聞いたの?」
「あなた自身が、その頃のことを覚えていることが私には驚きよ。麻央、カラクリ人間。あなたにはまだ脳があるの? それとも神気を使った保存とかなの?」
雪菜には懐かしいというより、もうほとんど、勝手に作ってしまった幻の思い出のようなものだ。漢字ではない名前も。当時はそうだなんて夢にも思ってなかった、目の前のカラクリ人間との出会いも。
「今はもうほとんど違う。だけどほとんど人間ではある」
「私は後であなたのこと、カラクリのカムイかもってちょっと考えたこともあったわ。だけどそれもきっと、当たらずも遠からずなのね。あなたは、空国の民なのでしょう。最後の生き残り」
「そういうことさ。それともう一つ、最後に立ちはだかるのが、アイヌのあなただったことは、なんて運命だろうね。僕は君たちが伝説の中でコロボックルと呼ぶ者たちの最後の生き残りでもある」
「それなら、やはり私の同族が隠れ里と関わるように仕向けたのもあなたね。それであなた自身、その場所を知った。そういうことじゃない?」
「その通りだ。それが僕が潰すべき場所だった。何もかも」
雪菜は、カラクリ人間、彼の戦闘能力に関しては何も知らなかった。だから自分が、力づくで彼を止められるかどうかもわからないままにその場に来た。
そしていざ対峙した今、麻央の余裕には二つの可能性が思い浮かんだ。一つは、雪菜が想定していたより、彼自身が強力な力を持っているということ。だがそれならまだましな方だ。もう一つの方なら最悪。そして実際にはその最悪の方だった。
首を斬ればそれは死んだ。拍子抜けなほどあっさりと。全体でも七、八割くらいだろう。首から上に限っては半分くらいか。機械仕掛けの体でその日までずっと生きていた、今は麻央と名乗っていた彼は、ようやく死んだ。
雪菜にはわからない、何かの操作をすでにしていたのだろう。おそらく機能を停止してしまった動力源球体は、消えてみるとそうだと分かる光を消して、少しだけ宙に浮いていたその実体を地に落とした。
「カラクリ師。我が国の力を拾った者たち。お前たちもう終わりだ」
まだ生きていて、その口で言ったのではない。どうも彼の命(?)の核は体のほうにあったらしい。そしてその音声を、おそらく何らかのテクノロジーで記録していて、最後に奇妙な勝鬨だけあげた。
「報いを受けろ。裁きを受けろ」
ーー
アイヌの民は大和の民よりも早くから蝦夷地に生きていた者たち。彼らは蝦夷地のことを「自分たちの大陸」、アイヌモシリと呼んでいた。
隠れ里にアイヌの民の血筋も関わるようになったのは、江戸の時代よりも以前。優れた"几カラクリ"を使うピト、すなわち霊界の力を持つと考えられていた技術者が、さらに以前から知っていたが、その機能については何も知られてなかった空国遺跡の使い方を見つけたことがきっかけであったという。その、最初の祖カラクリ師アイヌが残した特別なカラクリ人形は、"祖カラクリ"を知る一部のアイヌたちにとっては、隠れ里にも秘密にしていた秘密。だが、すでに雪菜という和人の名前で、隠れ里の有力者だったウパシマトがはじめて会った時の彼は、もうガタがきていたように見えた。彼女が見たその時の彼は、今よりもずっと人間より機械的だった。
後には息子の蓮介を利用したように、その時の彼は雪菜を利用したのだろう。もう自分の限界を悟ったとして姿を消してしまう前、彼は雪菜に空国遺跡にあるジンギ、失われたはずのクサナギノツルギのことを教えた。そして間もなく長となった彼女は、その秘密を他の二人の者たちとも共有した。
どう転ぶのか。この時には彼もただ好機を待っていた。だが、先に外の世界の状況が変わり始めてしまったために結局確実性のない計画を始めるしかなかった。その計画とは復讐。この日本で、自分たちのテクノロジーを受け継いだ者たちの死。
ーー
「あなたが空国の民で、神代の時の誰かで、それでコロボックルと言うなら」
ヤマトの神話でもアイヌの神話でも共通していることがある。この日本という大陸にいた誰かを、後から来た今の者たちの子孫が追い出したという話。今さらそんな古い真実はわかるはずもないだろうが、だがもしも、"祖カラクリ"の技術が、ジンギというのが、わずかな空国の生き残りたちから、人々が奪ったものだとしたら……
「ジンギの繋がりは断てない。もちろんあなたは知ってた。だから空国遺跡に」
もう動かない、彼のその顔と体を見下ろしながら、雪菜は独り言のように(実際独り言と言えるだろうが)続ける。
「神気カラクリだけが問題だった。なら、あなたの切り札は」
ーー
(自分をカラクリに改造して生きている者がいる)
クサナギノツルギを調べてわかったことの一つ。雪菜も、空国遺跡のアナリシスシステムを知っていたのだったら、それに気づいていてもおかしくはなかった。
(監視か? それとも他のカラクリ人形を知っていたとか? でもどっちにしたって俺の考えが正しいなら、ここから動力を得ているのは間違いなく、全てを仕組んだ者、多分麻央)
蓮介にはまだわからないことが多い。だいたい彼は、自分がアイヌの血統であることすらも知らないのだから。当然彼らがかつて隠していた特殊なカラクリ人形の存在も知らない。雪菜に比べると、麻央が以前にしてきたことを推測することも難しい。
「何が」
「どうなってるんだ?」
言葉に詰まった蓮介に代わって亜花が言う。今でも自分たちにはろくな説明もないことに、彼はややイラつきも見せていた。
意味がわかったとしても理解できるかは怪しいが、透明な周囲のいくつかの四角に表示されている細かな読めない文字。蓮介はしかし、それを読みながら、いったい何が書かれているのかを聞いてみても「ちょっと待って」とか「まだ分からないことが多すぎて」とか返してくるだけ。
「蓮介さん」
「
莉里奈と弥空の声が重なる。
休みなく細かく動いていた蓮介の手が止まるとともに、そのそれぞれに書かれた文字とともに、突如消えた周囲の様々な四角。
「このジンギは、ヤタノカガミと同じで、隠れ里という巨大カラクリそのものの動力源にもなってる。半分くらいは」
利用エネルギーの分布は簡単にわかった。そしてカラクリ人間の動力として使われているのはほんの一割ぐらいだ。問題は残りの四割。
「何かの
いや、もうもしというより、つまりそうなのだろう。だからこそずっとこれを使えなかった。これはエネルギー兵器でなら倒せる。逆に言えば恐れるものはエネルギー兵器だけだったから、どうにかそれを事前に止めておくために、今回の任務を蓮介に与えた。それで全て説明がつく。
「おそらくシャミールと同じようなものだ。エネルギーの経路からして明らかに隠れ里にある。それで何かをしようとしてる。何か」
「おい待て。もし俺たちの邪魔にあのエネルギー兵器を使ってしまっために、今それが停止させられているのだとして、それでいてお前たちの里に存在するシャミールと同じようなカラクリ怪物が起動させられたなら。そういうことがあると思ってるのか?」
亜花の顔も、かなり青ざめる。
「他に考えられない。はっきり言うけど何かしようとしてるかもしれないというよりもおそらくそれは」
「全ての破壊ですか? 隠れ里の」
もう莉里奈にも、かなりわかっていた。
「里だけですむとも思えない。純粋な機械にジンギ一つのエネルギーの四割なんて異常だ。もうシャミールみたいな巨大な虫でなく、これはダイダラボッチだと思う」
やはり神話の中で登場する巨人。だがそれも結局のところ、空国のロボット兵器からの着想だったのかもしれない。
「蓮介さん、里に」
「戻るにも、移動カラクリがないと時間がかかりすぎる。だいたい俺たちに何かできるとも思えない。あのシャミールだって、エネルギーシールドがなければどうしようもなかった」
「でも、だからって」
言われるまでもなく莉里奈もわかっている。もう自分たちにはどうしようもないことだろう。後は、隠れ里の者たちを信じるくらいしかない。
「ここに、例えば強力な武器とかはないの?」
しばらくの沈黙をやぶった弥空の問い。
「蓮介さん、もしかしたらコトアマ」
弥空の考えは素人意見だったが、しかし莉里奈には重要な示唆となった。
「確かにここにある可能性は高いけど。だけど、いや停止しておくべきか。例え隠れ里まで止まってしまうとしても、怪物にエネルギーを供給し続けるよりはマシか」
蓮介はもうそれは考えていて、しかし迷っていたことだ。
クサナギノツルギが、空国が残した、そして麻央がおそらく起動させようと考えていたカラクリ怪物の第一動力源であることはほぼ間違いないだろう。それ自体をもしも停止させてしまえば、少なくともそれ以降のどこかでそれは必ず止まるはず。どんな存在であるとしても、結局機械であるのなら。
だがクサナギノツルギは、隠れ里そのものにも重要な動力源であることもまた確かなこと。すでにヤタノカガミが止まっている今の状況で、本当にそれを止めて大丈夫なのだろうか。
(いや、大丈夫なはずだ。そうでないと、伽留羅が海燕がそうすることを恐れたはずがない)
それに他にできることもない。
「少し待って」と、また母の本を開き、コトアマが保管されてはいないかを、蓮介は確かめる。
「あった」
別におかしくはない。クサナギノツルギが隠されていたのは用心のためだろう。だが同じ場所にコトアマがあることは何を意味しているか。
(お母さん、やっぱり、こういうことが起こるかもってわかってたのか。それとも選択をあくまで俺に委ねるつもりで)
だがそんなことを考えるのは後でいいだろう。もう決心はついていた。アトム構造切り替えによる保管場所の移動。コトアマを掴み、またクサナギノツルギの剣へと戻り、そしてその機能を停止させる。
「後はどれくらいの時間かだ。壊すためじゃなくどれくらい時間を稼げるかなら、巨大シャミールでも、エネルギー兵器がなくても、まだかなり勝ち目はある。それを伝えられたらいいのだけど、せめて」
だが、それはできない。
「移動のためのカラクリとやらもここにないのか?」
亜花が聞く。
「仮にあったとしてもおそらく使えない。移動用カラクリは、使い方を知らない者が使うのは」
しかしそこで蓮介はまた気づく。
(だがそんなことそもそも可能か? いや違う、間違いなく可能だ。そうでないとそもそもこんなカラクリ絶対に無理だ。可能なんだ。それに俺が今思いつくような事なら)
いずれにしても危険な賭けだろうが、だが蓮介はもうそうすることに迷わなかった。この任務を始めた時も、エネルギーシールドを突破しようと決めた時も、死ぬくらいは覚悟してもいる。
(やっぱり)
それはあった。だが起動したことはないらしい。つまり上手くいくのかはやはりわからない。
「シャミールの時と同じになるけど、みんなにまた聞きたい。いちかばちか一緒にきてくれるのかどうか。ただ今度は旅を続けるためでもないから、それだけは承知しておいて。前の怪物よりもずっと恐ろしいものと、今度はエネルギー兵器なしで戦うことになるかもしれない。うまくいっての話だけど」
自分の理解もそれほど深い理由でないだろうから、だからこそ説明も簡単だった。つまり空国遺跡には、対象の生物そのものをエネルギーへとアトム変換して、そして対象の場所へと瞬間的に送った後、再びアトム変換により元の生物体に戻すという、いわば瞬間移動機能が備わっているのである。
もちろん本当にそんなことが可能なのか。そしてかつては可能だったとしても、今でもその機能が上手く働いてくれるのかも確信はない。だが、もしかしたら今、現在進行形でとてつもない危機に陥ってるかもしれない隠れ里、もしかしたらこの日本という国全体をどうにかしようとしている怪物の所へ直接的に行けるかもしれない。
「莉里奈、弥空、亜花」
それほど時間が経ってなくても、それでも旅が始まった頃とは違う。言葉を交わさないでも、それぞれに顔を見合っただけでいくらか気持ちはわかる。
三人共、まだ仲間でいてくれることを蓮介は素直にうれしく思う。
「移動先は、ある程度以上の距離がある場合は、エネルギー量を取得できるところになる。つまり隠れ里ならヤタノカガミのある倉庫になる」
それはまさに驚くべきテクノロジー。エネルギーが進む経路は、蓮介の理解では、この世界の中で使われていない、余りの領域を利用している。
「三人共ありがとう」
礼を言うのは、これが伝える最後のチャンスかもしれないということもある。
「行こう」
そして、瞬間的にエネルギー状態へと変換された四人は、列島の北から南、南の方に隠された隠れ里へと瞬間で飛んだ。
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