原子
それを守る使命を与えられていた男たちも、それほど詳しいことは知らなかった。それでも蓮介たちのそれまでの漠然とした予想よりは、かなりその形もはっきりしてきた。
つまりキホーというのは「鬼の砲」、すなわち巨大な大砲のような装置であり、空国遺跡というより空国遺跡でしか機能しない。それでもその最大出力の攻撃は列島そのものすら破壊できるかもしれないくらいに強力。強力で、その攻撃範囲は非常に広い。そういう兵器。
「空国遺跡でしか機能しない。ジンギだな。何かは知らないが、ここにもあるはずの。それは第一、もしかしたら唯一の動力にしてるからだな」
そうだとすると、蓮介としても、それほど強力な威力を出せるのに納得である。
「おそらくはそうだろうな。だがこれ以上詳しいことは俺たちも知らない」
もっとも、知ろうと思って知れるものではないのかもしれないが。
「亜花、もういいよ」
蓮介の言葉に頷き、次には、意識のある方の男の口に布のようなものを当てた忍者。すると男はたちまち眠った。
「蓮介さん、それで結局どうするんですか? このまま任務を」
今は意識がなく、そして武器も全て取り上げられている二人の男を縛った縄を、仕込みナイフで斬ってやる莉里奈。
「もちろん。何にせよ、その鬼の大砲というのをこの目で確認したい」
蓮介は家の扉を開けた。
「こいつらは?」と弥空。
「もう俺たちにとってはほぼ無害だ。お前や亜花と違ってこいつらは、カラクリを持ってないならただの人だから。それより」
そこで莉里奈と互いに顔を見合い、頷き合う蓮介。
「雪門、ですよね。私にはまだ見当もつかないんですけど」
「つかなくて当然だ。本当に俺が考えてる通りなら」
蓮介も、エネルギーシールドやシャミールの時と同じで、隠れ里の外で、他の世界に受け継がれた古代テクノロジーの話を知っていなければ気づかけなかったろう。
「さあ三人共、ついてきて。門を開こう」
そして蓮介は、幻想的に見える空から次々と降ってくる、真っ白い小さな塊の一つを、開いたドアより外に出したその手に掴んだ。
雪門というのはつまり名前通りのものだ。だが、雪で造られているとかではない。それはようするに、雪型のカラクリなのである。
「今まで考えてもみなかったよ。おそらくこれもエネルギーテクノロジーを利用したものだ。物体を特定の状態で保つカラクリ。多分アトム(atom)をエネルギーで操作してるんだ。ここは年がら年中雪が降って、積もっている場所に違いない。おそらくはこの積もった雪の多く、もしかしたら降ってくるのも含めて全て、何らかの特殊なカラクリによって用意された、常に供給される門の最新部品なのかもしれない」
だが自分のその説明が、自分で完全に信じきれないのか、蓮介は足元の雪を、不思議そうに蹴ったり、触ったりもしていた。
「えっとさ、
聞きはしたが、もう聞く前から半分諦めているようでもあった弥空。
「つまり、実のところこの世界の全ての物質、この世界そのもの、生物は何もかもが、ある種のカラクリと考えることができる。そしてその場合に、最も基礎的な、そして共通の最小部品となるのがアトムと呼ばれるものだ。小さい、おそらくは粉のようなものだと考えられてる。だがその実態の形は今はどうでもいい。とにかく、アトム、つまり全ての物質の最も基本的な要素をカラクリ機構で操作できるなら、おそらくここにあるように、秘密の扉を造ることも可能なんだ」
別にそこまで詳しく説明する意味もないから省いたが、蓮介としては、アトムというのは、ギリシャ語らしいその名が意味している「最小要素」というものではなく、その内部にはさらに何らかのシステムが存在しているのだと理解していた。そうでないと、ジンギのような、無限に思える原動力を生み出す装置や、今目の前にしている、そして少し前に立ちはだかった直接エネルギーを利用するカラクリについて、説明できないことが多すぎるから。
「なんとなくわかったような気はするが、だがその秘密の扉とやらを開けるのに、どうしてお前たちのようなカラクリ師が二人必要になるんだ?」
「正直私もわからないのですけど」
亜花に続いて、まさしく彼の言う、二人のカラクリ師のうちの一人である莉里奈も首をかしげる。
「誰でも押せるようなスイッチが設定されていることはまずありえない、そもそもそういうものを設定したらこの素晴らしいカラクリの意味がかなり薄れてしまうからな。だから何か特殊な開き方があるのはまず間違いない、しかもアトムを使ってるようなものなら、おそらくかなり柔軟なものに違いない。例えば、ジンギに関わるものを感知できるとか。だから……」
つまり、"祖カラクリ"の手、例えばシシなどがそのまま鍵になることがありうる。莉里奈の方はシシを持っていなかったが、芸の手本人形が"祖カラクリ"で、いわば"祖カラクリ"の手を持っている。
そして蓮介の指示に従うまま、彼女は一定の距離を置いて、雪降る中、彼と向き合う。
「で、鍵になるといっても、具体的にはどうすれば?」
彼女がその手に、身体を握っているおかっぱ頭の女の子人形も、莉里奈にならって、どことなく不思議そうな表情を見せているようだった。
「普通に考えるなら、連結部」と言った次には、足元にクーホウを連発した蓮介。
またすぐ勝手に雪が集まるなんてこともなかった。十分に弾き飛ばされた雪の下に現れた、見た目や手触りは青銅のように見える何か、円盤らしきもの。
「莉里奈、これに」
「は、はい」
シシでそれに触れた蓮介に続いて、近寄ってきた莉里奈も、手本人形の手でそれに触れる。
次の瞬間の光景は、亜花や弥空はもちろん、莉里奈や蓮介も、驚くしかないようなものだった。
周囲の、地面に落ちているものも降っているものも合わせて、おそらくその半分くらいの雪が集まり、まるで子供が土を固めて作るように、戸のない巨大な門を形成したのである。そしてその先には地下へ続いているのだろう階段も見えている。
「す、すごい」と弥空。
他の者も、まずはそうとしか思えない。
「とにかく」
蓮介はしかし、さすがにすぐ冷静さを見せた。
「ここまで来たんだ。さあ、入ろう」
そして真の驚きは、その中にこそ待っていた。
「ど、どうするの?」
またしても、弥空のその言葉通りのことを、他の者も考えざるをえなかった。
そこは入り組んでいる迷路のようなもので、キホーどころか、何がどこにあるのかも全然わからなかった。一応、壁には何か、見たこともないような文字らしきものが書かれているのだが、それを解読することもできない。
「長なら」と、そこで蓮介はあることに気づき、そして彼は、おそらく普通に数年ぶりであろう、自らの手についているシシを取り外した。
外されるや、ゴトリと音を立てて地に落ちた、とても普段の強力な力を発揮できるようなものと思えないくらいに、細い腕型のカラクリ仕掛け。
「えっと、いったい?」
莉里奈には、それを今外す理由が見当もつかない。
「これは、長の一人」
普段はそんな呼び方をすることはない。だがこの時には、蓮介は普通に彼女を母と呼んだ。
「母さんが俺に作って俺に与えたものだ。そして母さんは、多分俺がここに来ること、いつかここに来ることを知ってた。そうでなくても、来るかもしれないと考えてた」
自分がそのことを嬉しく思っていることも、なんとなく嬉しかった。
「母さんが俺に与えたカラクリには全部、意味不明な言葉が刻まれてた。それがもし古代テクノロジーを動かすための、長、でなくても一部の特別なカラクリ師たちだけが受け継いできた秘密、特別な言葉なのだとしたら」
だが、実際問題そのことは何を意味するのだろうか。蓮介は彼女の息子であり、母としての彼女を誰よりもよく知っている。だが、隠れ里の長としての、カラクリ師としての彼女に関しては、ほとんど知らない。
知らないのかもしれない。
「アトテクエナ」
他の者たちにはそう聞こえた。蓮介自身もそう言っているつもりだった。その言葉を日本語でならどんな表現になるのかは知らなかったのだが、それが確かに道を開いてくれた。
崩壊と再生、崩れては固まる、むちゃくちゃに混じり合うようでいて、どこか規則的なものも感じさせる。驚きばかりで意味もわからなかったろう他の者たちと違い、蓮介はかなり恐怖していた。
それこそ、まさに物質を組み替えるテクノロジー。そしてその組み換えの真っ只中に自分たちは今いるのである。それが安全なのかどうか、そういう事が全く判断つかない。実際がどうあれ、そのことをしっかり理解できるくらい彼はそういうことを知らない。それは間違いなく知らないのだ。だから、今目の前で起こっている現象が、そのうちに自分たちまで巻き込んでしまわないと自信を持って言うことはできない。結局それは杞憂でしかなかったのだが。
最終的に顕となったのは、もう入り組んだ迷路のような道ではなかった。
それは一つの部屋。最低限それを置くためだけにみたいな、小さな丸テーブルの上に、一冊の本が置かれている。
そして、本を手にとっていくらか中身を見ただけで、蓮介はそれが何かは理解できた。
「やっぱりお母さんは、俺がここに来ることを信じてた。そうでないとこんな物を置くのは危険なはずだ。これはあの人の教えだ。この遺跡の使い方。俺にわかる言葉で」
「何が書いてるんだ?」
本を覗き見しても、わからない言葉が、わからない言葉に訳されているだけみたいに見えた亜花。実際それはその通りだが。
「だからこの、空国の誰かが残した保管庫の使い方だ。俺たちが探してるものの場所もわかった」
そう、それが保管された場所を、今呼び出すための言葉を。
「アトサミシャクルセ」
そしてまた組み変わる。驚くべき場所の移動方法だ。ある特定の空間に物質を置くのでなく、空間における物質配列を(アトムのコントロールにより?)切り替える。
そうして、ついに探していたもの。破壊対象として教えられているもの。その見かけは青白い素材で作られた、いくつか巨大な歯車が外部に露出している巨大大砲。だが実は、蓮介が想定していたほど巨大だったわけではなく、せいぜい15尺(4.5メートル)くらいの高さに、銃砲身の長さも5尺ほど。まずエネルギー兵器には見えない。むしろ古さを思わせる。
だがそれこそ、"祖カラクリ"の歴史の中でも特に恐ろしい特別な兵器。キホー。
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