信長、約束を忘れて相手に夢枕立たれる(巻第五「しんちやう夢物がたりの事」)
信長と信玄が争っていた時、信長の家来に少身であるが何某という者がいて、たびたび功を上げ、高名をあらわしたので、信長にも目をかけられていた。
ある時、信長は何某に云った。
「其方、子はおらんのか。いれば其方がもし死んでも、その子を取り立ててやろう」
何某は答えて、
「倅が一人おります。私が死ねば不憫ですので、何卒、お頼み奉ります」
信長は何某と約束した。
程なくして、何某は戦場にて討ち死にした。
当時、信長は方々の戦で忙しく、何某との約束も紛れてしまい、失念してしまった。
それから数年経って、信長の世となり、国も治まった。
何某の倅も成人したのだが、かすかな禄の外様の身であった。
ある時、倅は母に云った。
「このようなあるかないかの貧しい奉公をしていては、なかなか母上の御心も安らかではおられますまい。ですが、孝行するための当てもありません。どこへなりとも参りまして、立身しようと思っております」
「汝の申すところ、至極道理です。ですが、汝の父の何某は、信長と固い約束がございます。今年だけでも待って、様子をうかがってみましょう」
母はそう云って、倅をいろいろと宥めたのだった。
その頃、信長の夢の中にかの何某が現れて云うことには、
「年月を過ぎて待っておりますが、御約束のとおり、我が子に知行を与えてくださらないので、わが倅は他国に行こうと云う志を抱いております。不憫にはお思いになりませんか」
大層恨めし気に申すので、信長は夢から覚めた後も、
「さても不思議なることかな」
そう思って、家中を探らせれば、何某の倅は確かにわずかな禄の外様奉公の身であった。
そうであるので、信長は何某の倅を呼び寄せて、
「汝の父のたびたびの高名は、世に隠れようのないものである。そうであるが、近年の乱世の中で、其方の事をはたと失念していた。先祖の跡を相続すること、相違なく申し渡す。この上は、なお疎かにせず、父に勝る高名を立てよ」
そう申し渡して、色々と褒美の品を与えて、家に帰した。
このようなこともあるものである。
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