首を提げて橋に立つ女(巻第四「女のまうねんおそろしき事」)
近江国は佐保山という所に昔住んでいた何某という者には、二人の妻がいた。
今に始まったことではないが、取り分け本妻は妾を憎むことに限りがなかった。
ある時、妾が雪隠にいると、一丈ほどの大きな蛇が目の前にやって来たので、
「あら、恐ろしや」
と大声で叫んだ。
その声に人々が出合えば、蛇はどこかへいなくなってしまった。
その後日、本妻は出産後に殊の外患いつき、既に末期に及ぼうという時、折しも夫何某は妾のところにいた。
本妻の様子を聞いて急いで帰り、色々と養生したのだが、手遅れのように思われた。
「妾はこれから死にます。今までの年月の恨みは後生まで忘れませぬ」
本妻はそう云うと、夫が飲ませた水をその顔にさっと吐きかけ、歯噛みをして事切れた。
そのほぼ同時刻、本妻が妾の下にひっそりとやって来て、その首をねじ切ると姿を消した。
サテ、力及ばず妾を失った何某は妾の葬礼を行っていた。
橋のある辺りに葬列が差し掛かった時、橋の上に本妻が妾の首を提げて立っていた。
「あら! 何というお姿でしょうか!」
本妻の乳母が声を上げると、本妻は姿を消した。
妾には十一歳と九歳の男子がいた。
二人とも妾が亡くなってから三日のうちに病に罹り、死んでしまった。
何某が一連の出来事に嘆き悲しむこと、並々でなく、程なく彼も死んでしまった。
一人残り惣領となった本妻の子は、髻を切り、高野山に籠り、父母の後生を弔った。
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